要するに、昔は「背景があって、物や人がその前面にある」というデザインが普通であり、「柄全体をデザインとして捉える」という習慣がなかった。縞模様には背景も前面もなく、昔の人はそういうデザインを見ると「何をどう見ればいいのか」と混乱し恐怖を感じてしまったのではないか、というのです。 いまでも縞模様を見るとぞっとする、恐怖を感じる、という「縞模様恐怖症」の人は存在するらしいし、1945年のヒッチコック映画「白い恐怖(Spelboud)」も、白地に縞の模様を見ると発作を起こすエドワード博士が主人公です。Spellbound Official Trailer #1 - Gregory Peck Movie (1945) HD - YouTube 中世で「悪魔の意匠」とされた縞模様は、「聖なる領域」に対比する存在の者たちと結び付けられ考えられるようになっていきます。犯罪者、障害者、低級な仕事に従事する者(下人や売春婦、死刑執行人など)、そして異教徒あるいは異教に転向した者を現すようになっていきます。これらの者は「視覚を乱す」のと同じく「社会を乱す者」であり、秩序に反する者でありました。
4. 「劣った者」が着る縞模様
近世になると、縞模様は単に「排斥」の対象ではなく、「従属する者」を現す記号の意味を持ち始めます。排斥されるべき者 → 自分たちより劣った者 → 劣っているため従属させられるべき存在というように意味が拡大していったのでしょうか。特に軽蔑や悪魔的な意味を持つものではなく、単に劣った立場の者を現しました。例えば、宮廷の下僕、給士係、軍人、狩猟係、低級役人など君主に使える身分が下の職業の者が、縞模様の服を着させられました。 ▼De arte venandi cum avibusに描かれた鷹匠 ▼18世紀のフランスの辞書に描かれた道化師 このような「縞模様=従属的」という価値観は長い間生き続け、つい19世紀までホテルのボーイや給士係の衣装デザインといえば、黒と黄色の縞のチョッキでした。「タンタンの冒険」で出てくる執事ネストルもこのチョッキを着ています。
5. 「野蛮」の象徴
1500年代に入ると、ヨーロッパの宮廷や邸宅では黒人の下僕や奴隷を持つことが流行し、好んで縞模様の衣装を着せました。劣った異教徒であり、かつ隷属される存在である、というヨーロッパ人が考える縞模様とドンピシャの存在であります。 ▼Lancret, Woman with a Servant ▼Catherine-Marie Legendre And A Young Black Servant 「黒人=縞模様」という認識は広くできあがっていき、絵画にも大きく影響を与えました。例えば、聖書をモチーフにした絵画で、「東方三博士」の1人バルタザールは昔から黒人の姿で描かれることがありましたが、この頃にはバルタザールに縞模様の衣装を着せて描かれました。 ▼エル・グレコ Adoration of the Magi バルタザールはむしろ聖人なんですが、黒人を描く場合は縞模様の衣装を着せる、という暗黙の了解のようなものがあったようです。当時のヨーロッパ人にとって、縞模様とはそれをつけるだけで「野蛮」「文明から離れた存在」とみなすことができると同時に、ある種「異国情緒」「オリエンタリズム」を感じるデザインにもなっていくのでした。
Photo by Claude TRUONG-NGOCこのように、縞模様は単純に「嫌悪」や「劣等」というマイナスな意味だけでなく、「革新」や「斬新」といったプラスな価値をも併せ含みながら存在し続けてきました。 ぼくの肌感的にも、青と白の太い横縞のシャツとか、縞模様のシャツと帽子とかははために滑稽に見えて、着るのは太ったオッサンか子ども、あるいはペット。ただし服装の中に一部だけ縞があり、それが細い縦縞のスーツとか、グレーの縦縞のパンツとかだったら、オシャレじゃんと思う。おそらく我々自身も無意識のうちに、これらの「ポジティブな意味を持つ縞模様」と「ネガティブな意味を持つ縞模様」を認識仕分けていると思うのです。 そのネガティブな意味の代表格が、冒頭にあげた「囚人服」です。アウシュビッツ収容所に入れられた人たちは、皆この縞模様の囚人服を着させられました。先に述べたとおり、全身縞模様だと逃亡した時に「囚人」だと見分けやすいから、視覚的にも目立つし、町の人も「こいつは逃亡囚人だ」すぐ分かるから協力しやすい。そういった実利的な面もありますが、その裏には中世の時代から息づく「社会的追放」「特殊人物の刻印」という意味が秘められているのではないかと思うのです。呪われた模様を一様に着させることで社会から締め出し、関係を絶ち、個と尊厳を奪う。そして刑務所という、社会から隔離された場所に「閉じ込める」わけです。また、監獄の格子も「隔離」を象徴するアイコンとして機能しているような気もします。考えすぎでしょうかね。