私が読者登録しているクレーム記者さんのブログ記事

日本を分断しようとしてるようにしか見えないんですが・・・
にて初めて知った、大東亜戦争当時の南国パラオに
おける日本軍の奮闘と玉砕。その真実を少しでも多くの方に
紹介しようとUPしたのがこの記事です。


パラオ共和国Wiki

徒然草現代版by Vamos~時事問題からサブカルまで、ワタシVamosが徒然なるままに語ります~
パラオ共和国はグアムより南、フィリピンからは東、
日本からオーストラリアに向かう途中に位置する
多数の島からなる国です。
ここは始めスペインの植民地でしたが、凋落の一途を辿った
同国には海外植民地を保持し続ける力も無くなり、ドイツに
売却されました。そのドイツも第一次世界大戦の敗北で
海外領土を失い、その第一次世界大戦に参戦してこの地を
占領した日本の委任統治領となったのです。


日本の前にパラオを統治していたスペインは、パラオ住民から
一方的な略奪を展開。更に彼等の持ち込んだ天然痘などの
病気に対する免疫が現地の人達には無かったのでしょう。
パラオの人口は約90%減少したという記載がWikiにありました。
その数字の整合性は疑問の残るところがあるものの、
中南米諸国でスペイン人コンキスタドール(制服者)達が
やったと同じことがこの南の島でも繰り返されたことは
確かなようです。


その後スペインから同地を買い取ったドイツは、
農業や鉱業に投資して現地の産業振興は行なった模様。
ですが、インフラ整備や住民の教育などには手を付けなかった
ようです。
第一次世界大戦に忙殺されたこともあってそこまで
手が回らなかったこともあるでしょうが、

やはり現地から収奪する一方であったこと自体はスペインと
大差はありません。


その一方で、ドイツに変わってパラオを統治する
ことになった日本は学校、病院、道路等のインフラ整備を行い、
パラオは短期間で飛躍的に近代化したようです。
このあたりは朝鮮半島や満洲を初めとする日本統治領に
共通してみられる現象です。

ただし日本による統治下では高等教育の道は開かれていなかった
模様。いくら日本が善政をしたとはいえ、完璧とまでは
程遠かったのが現実です。それでも、日本が同地の発展に
とって大変な貢献をしたことは間違いありません。

私は以前はテレビゲームをよくやりました。特にコーエーの
「信長の野望」とか「三国志」といったシュミレーションゲーム
は随分とハマったものですが、それらのゲームでは占領地を
開発して収益を上げることは基本でした。だから日本が統治下に
おいた国々においてインフラ整備をすることを植民地経営として
当たり前のことであると思っていましたが、どうやらその姿勢は
世界の非常識であったようだと
最近になってようやく理解しました。





徒然草現代版by Vamos~時事問題からサブカルまで、ワタシVamosが徒然なるままに語ります~

そうした日本人の努力によってパラオは開発され、現地人とも
仲良くやっていたのですが、その平和な日々も終わりがきます。
詳しくは、貼り付けた動画をご覧ください。
「パラオの住民を戦いに巻き込みたくない」一心で、
心を鬼にしてパラオの人達に「お前ら土人と一緒に戦えない!」
と侮辱の言葉を浴びせた中川隊長。
当時の軍人の気高さを
思うと、現代を生きる自分などは中川隊長の足元にも及ばないと
自覚せざるを得ません。
それにしても自分達の同胞だけを弔って、日本兵の死体は
そのまま放置していたアメリカ軍。こうしたところにアメリカという
国家の本質が表れている気がします。




日本の敗戦によってパラオはアメリカ統治下の時代を迎えます。
アメリカは英語による民主主義教育を施し、日本と違って
高等教育も受けられるようになったようです。
しかし何でもかんでもアメリカに依存する
体制が出来てしまったようで、高等教育を受けた若者は
アメリカでの就業を望む者が増えたのだとか。

自分達のシンパを増やすように統治国を導くのは
確かに常識ではありますが、
アメリカの場合は
明らかにやり過ぎであろうと思います。

その後内政・外交権はパラオが、安全保障は
アメリカ合衆国が担うものとし、アメリカ軍が駐留。
その見返りとしてアメリカが財政援助をする自由連合盟約
(コンパクト)をパラオが承認する形で1994年にパラオは独立。

中華民国(台湾)を国家として承認しているため、
中華人民共和国とは国交が無いそうです。
そのあたりは同じ日本統治を受けた親日国家同士の
シンパシーというものがあるのかもしれません。



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そうして独立国家となったパラオの国旗は、上記画像のものです。
誰がどう見ても日の丸に酷似したというより、日の丸に意識的に
似せたデザインです。アメリカの星条旗とは全く異なります。
その意味を日本人はよく考えなければならないと私は思います。




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