一昨日両親の年賀状作成をしていた時のこと。
父に渡された今年の正月に届いた年賀状の束の中に、
ある一通のハガキがあった。それは奥様が亡くなられたという
神戸在住の方からのお便りで、消印は本年の1月23日だった。
奥様が亡くなられたのが昨年(2010年)の12月14日とあった
ので、一応あくる年である2012年は喪が明けているはず。
とは思うものの、年賀状を出すか否かは私には判断が出来ず、
とりあえず仕事中だった父の携帯に連絡してみるも、
「母の知り合いだから、病院で聞いてみろ」
という返事。
仕方がないので母の見舞いで病院に行った際に例のハガキを
母に見せて聞いてみると、亡くなられた奥様とは高校時代の
親友だったとのこと。しかも「そのお便りを見たことがない」
などとぬかす始末
。こうした有様で、母は高校時代の親友が
亡くなられたことを亡くなられた方のちょうど一周忌にあたる日に
知ったわけです。そしてほぼ一年遅れで悲しんでいました。
母もこの数年体調が優れず、何に対しても無気力な状態が
続いています。例のお便りもろくに内容を確かめずに
年賀状の束に入れたのでしょう。そのお便りが届いたのが
本年の1月23日の日付で、奥様が亡くなられたのが
昨年の12月14日。私が帰省しておらず、例年通り叔父に
年賀状の作成を頼んでいたら、ずっと放置したままだった
ことでしょう。
とりあえず年賀状は今後出さないが、一年遅れではあるが
お悔やみの便りを出すことにしました。しかし現在の母では
お便りを書くのもおぼつかない。そこで母に便りの内容を
下書きしてもらい、それを素に私が清書する形でお悔やみの
便りを作成。昨日母にそれを見せて了承を得たので、
ポストに投函しました。
私が帰省して家にいなければ、この件は気付かずに終わって
いたことでしょう。また母の入院で父は途方に暮れることと
なったことは間違いありません。私が帰省せざるを得なくなって
現在実家暮らしをしているのは、何かに導かれた結果なのかも
しれないとふと思ったりする今日この頃です。
