訪問日時2011年12月9日(金)15:00頃
ここ1月ほどある用事にて毎日隣町である市原市に通っているワタクシ。
ある用事って何かって?全然色っぽい話は存在しません。
母がある事情で入院生活をしておりまして、毎日お見舞いに
行っているだけであります。昨日もお見舞いに行ったのですが、
その前に病院の近くにある上総国分寺跡に行ってきました。
上総国分寺跡は市原市役所のすぐそばにあります。居住地から
近場にある名所なのですが、隣町とはいえ私の在住地である
茂原市は外房エリア、市原市は内房エリアに分類されていること、
それによってJRの路線も内房線と外房線に別れていること、
用事があれば主に千葉駅周辺や東京に行ってしまう等々
市原市にはこれまでほとんど足を踏み入れることがありませんでした。
そんなこんなで、この国分寺跡を散策するのは初めてでした。
まずは駐車場を探したのですが、付近に駐車場が無い!。
なので路上駐車です。ほとんど車が通らない脇道に止めたので、
別に支障は無かったハズ。広い敷地に銀杏の葉が散乱
していて、これだけで絵になる光景。ちなみに写っている
濃紺の軽自動車が、現在の愛車であるスズキのアルト君です。
この車も新モデルからはリッター/30kmというEcoカーに
なるので、今度買い換える機会があったらそれかなぁ?
さて、正面入口付近です。上総国分寺と刻まれている石碑は
随分新しいもののよう。近年になって復元されたのだと
思われます。
山門の右手前にあった宝筐院塔。
この看板によると将門塔といい、将門の墓という伝承があった
らしいのですが、塔の様式から南北朝時代のものであるらしいです。
平将門は朝廷側からすれば天下の大罪人ですが、坂東では大英雄。
探せば千葉県内には沢山関連史跡や祀られた跡があるのでしょう。
宝筐院塔の隣にあった石塔の上部には、ご覧のお地蔵さまが
刻まれていました。優しいお顔をされたお地蔵さまです。
このお寺の梵鐘です。
国分寺の山門。
この看板の記載によると、阿仁王像の制作年代は鎌倉時代後期。
吽仁王像は江戸時代後期に作られたようです。
右側の阿仁王像。頭部だけは江戸時代になってから作られた
もののようです。寄せ木造りなので、一部分が駄目になっても
これですこれ!山門から見えるこの光景がタマラン!
ご覧のとおり銀杏の木の葉っぱは大部分が散ってしまっております。
その分、地面に散乱している銀杏の絨毯が楽しめるってものです。
拡大して撮ってみましたが、水滴の模様がGood!
逆光側から銀杏の木と山門を撮ってみました。結構渋い出来
になり、ご満悦。逆光の撮影も慣れると楽しいものです。
六地蔵周辺も銀杏の葉が散乱していました。地蔵様の赤い
布と黄色い銀杏の葉っぱの対比がこれまたイイ!
境内に一本だけあった楓の木。綺麗に紅く染まっていますが、
いかんせん結構散ってしまっているので木の方は寂しい具合です。
しかし、その分散り紅葉が美しい!。手頃な石が木の根元に
あったおかげで更に雰囲気が出ていました。
写真の点数が多くなったので、続きは後編にて。