今日は久しぶりに本気で落ち込んでいました。

 

何やってんだよ

 

という自分責め。

 

全て間違ってたんじゃないか

 

という不安。

 

自分を中心軸から外すような疑いに襲われた。


理由は分かっています。

 

私の大切な姉のような存在の親戚が、

大きな手術を受けていたことを、昨晩知った。

彼女は、シドニーに住んでいて、

私には、会いにいくお金が無い。

 

私は16歳のとき、1年間シドニーに留学していたのだけど、そのとき帰国してから、一度もシドニーを再訪していません。

 

とにかくいつでもお金が無かったし。。。

 

というと、それが理由みたいだけど、

本当は、私の人生を生きて行ってたら、

シドニーに行くことにお金が使えなかったということ。

 

だって、例えば、

ずっとバレエレッスンには支払ってきているのだから。


そのお金を使えば、行けたんだから。


 

実家の家族に対しても同じ。

 

私は、実家の家族も、

親戚のこともとても好きです。


すごく楽しい人の輪で、安定してて、

暖かくもいい加減な愛がそこにはあります。


私は、その場所を出たくなくて、

ずっと彼らと一緒に居たくて、


それがずっと鎖になってることも分かってたから、あるとき、決心をした。

 

私が私の人生を生きていったら、

彼らと会えなくなるなるだろう。

でも、仕方ない。

いつか、親たちが死ぬとき、

もっと一緒に過ごしたかった

って泣くかもしれない。

それでも、私が私の人生を見つけることは、

そんなに大好きな人たちと過ごすことよりも大事なことなんだ。

 


大げさに聞こえるかもしれないけれど、

気づいてたんだ。

 

親世代が生きている世界と、私たちが生きている世界は全く違う。

 

親世代の世界も大変だったかもしれないけど、

お金は入ってくる豊かな時代だった。

 

でも、私がいる場所は違う。

家族といるとき、どんなに安心の毛皮で外が見えないように守られていても、


本当は、私は戦場にいるんだ。

 

って思ってたの。

 

だから、この戦場を戦う方法を見つけなくちゃ

って思ったから、1人で出て行くことにしたの。

 

だって、親はどうしたって子供を守るから、

家族がいる場所では、戦い方なんて、見つけられないんだよ。

 

それでも、

お金が豊富にあれば、

好きなときに、家族に会いに行ける。

好きなときに、親戚に会いに行ける。

 

それくらい自由になるお金を手に入れられたら、自分の世界も、家族と過ごす時間も、両方手に入る。

 

そうずっと思い描いてたけど、

勉強に、仕事に、恋愛に、ボロボロに負けて、

サバイバルだけで精一杯。

 

どーやったら、この体で、うまくいくの???

 

という問いの果て、

Happyちゃんや八木さやちゃんの発信に出会った。

 

それで始めた自分ビジネス。

 

いつかは、

今望んでる豊かさは実現するだろう。

そう決めたんだから。

必ず、自由は手に入る。

 

 

でも、時間は確実に過ぎている。

 

そうやって試行錯誤しているうちに、

親は老いて、とうとう、大切な親戚の姉にも、病が降りかかってしまった。

 

しっかり自立できるだけのお金を持って、

一緒に過ごしたかったのに。

もちろん、まだ一緒に過ごす時間はあるとは思う。でももう二度と、何の不安もなかった日々は戻ってこない。

 

 

間に合わなかった。

 

 

間に合わなかったんじゃないの?私。

 

 

体がしんどくたって、しっかりお勤めして、

体が納得してなくても、誰かと結婚して、

人並みの経済回して、孫を見せて、

そーやってきた方が良かったんじゃないの??

 

 

こんな訳わかんない道にくるなんて、

全ては間違いだったんじゃないの?

 

 

そういう疑心暗鬼に、朝から少しずつ

静かに侵されていったので、

夕方頃から、じっと自分の心と向かい合ってました。

 

 

恐怖や不安や疑心を、

ひとつひとつ打ち消していく。

 


それでもやっぱり、これ以上頑張ることなんて出来なかった。

過去のどの岐路に置いても、自分の本心に従って決めてきたんだから間違ってない。

家族が一緒に過ごすことだけが幸せとは限らない。

自分の人生を失って、家族のために生きることを、幸せとは言わない。

後悔がある人生が悪いとは限らない。

悲しみや後悔や悔しさに満たされてこそ、豊かな人生だと思ってる。

 

 

そもそも、

 

そもそもですよ!

 

親は、私に、お金の稼ぎ方を教えることはできなかったの。

 

そこ、手落ちだったの。

 

いや、教えてくれたんだけど、

それ、通用しなかったの。私の体では。私の生きる時代には。

 

親や親世代を責めてるんじゃない。

 

そもそも、

すっごく難しいことなんだってこと。

 

 

うん。

だから、

 

仕方ない!!!

 

 

でも、このままでも終わりません!



 

追い詰められるということは、

 

 

正解の道を歩いてるってこと。

 

 

お先真っ暗になるとき、

それが、正解のサインなの。

 

 

それは、私が16歳のとき、

留学中に体で学んだこと。

 

新しい知識を身につけるときは、

真っ暗になるの。

 

新しいことを学ぶって、そういうことなの。

私は、その真っ暗な絶壁の崖道を登って、英語を喋れるようになった。

 

 

よし!!!合ってる!

 

 

 

ぜっっっったい、今年、シドニー行くから。

おねーちゃん、待ってて。