量産型なので、記事のクオリティが下がっているかもです。
前は小出しにしているときも、書き溜めた物をコピペしていました。

連続殺人事件が話題になっているようです。
タイトルの件ですが、殺人が悪とされるなら、自殺志願者を殺すのも悪となります。
自殺という行為は、自分で実行しないと成り立ちません。
“自殺志願”は冗談や比喩や、脅迫による虚偽かもしれません。
聞き違いや誤解や記憶違いかもしれません。
自分でトドメを刺す段階で気が変わるかもしれません。
あいつは必ず自殺していた、と証明することはできません。つまり他人に殺されれば他殺です。
仕事に手をつけたほうがいい、と思ってるけどやらないとか。
脳で考えたり口で誓った行為を、身体や気分が実行拒否する現象があります。
我々は、この拒否権を日常的に発動し、発動されています。
マジぶっ殺す!と言って、まだ生かしてあるとか。
人間には、脳の思う通りに動けないことができる能力があるともいえます。
言うは易し、行うは難し。これは弾力です。
生命は脳だけで生きているのではありません。
脳機能は人体機能の一部に過ぎません。ところが現代では脳信仰が篤いため、頭で考えたことが正しく、現象の全てであると思い込まれることが多く、このような自殺幇助的な事件が起こるのではないでしょうか。
頭で考えるという行為は森羅万象の主観的表現に過ぎないことを、3行で説明してみましょう。
脳は「この矛はどんな盾をも貫き、この盾はどんな矛でも破れない」と思考できます。ありえないことは、「ありえないこと」と言いうることです。また、この構造の話が矛盾するということには矛盾しません。「盾のが強い」という無矛盾は矛盾と分別されて成立します。矛盾とは無矛盾の無矛盾で、無矛盾とは矛盾が矛盾していることです。
脳で考えた正しいこと、すなわち論理正に支配される傾向は、現代社会の普遍的な問題です。
現実では、たとえば会話は矛盾と無矛盾が混ざって行われ、矛盾も多く実行されています。無回答や解決せずに終わった問題などが矛盾ですが、矛盾によって損をすることもあれば得をすることもあります。「無矛盾が良いことだ!言ったことは必ず実行しろ!嘘は悪だ!」というのは短絡性にすぎません。
「いやぁんっ……だめっ……」
が、全宇宙が100%嫌なのか、何かの何処かが嫌なのか、ある条件下においてのみ嫌なのか、いつ嫌なのか等には、沢山のケースがあるでしょう。
今は、察しろと言っているわけではありません。
脳機能を真理視するなと言っているのです。
同じ察しない男でも
「何が嫌なの?何をやめてほしいの?」
と真顔で聞き返すタイプと、
「わかったやめる」
と勝手に断定して全停止するタイプでは、結果に大きな違いがあるということです。
後者は果断な正義派ですが、論理正の奴隷です。おかしくないので、おもしろくありません。
そもそも聞く耳を持たずに攻めるところであることは言うまでもありません。真面目なヤツはモテないという現象は、彼が脳機能を過大評価していることによって起こるのです。
何をもって自然による死として、何をもって自分による死として、何をもって他者による死とするかの線引きは不可能で、我々はどこかで主観の折り合いをつけるしかありません。我々は、明日のランチがいつ自分になるのかを明言することすらできないのです。
一様に自殺と総称される行為も、脳に身体を殺す権利があるかという視点で見れば、字義的には責任をとる、自分を罰する、といった故意の自決を示すことになり、病気やショックを原因とする自死は事故ですので、別の意味になります。最近では言葉を和らげるため、総称に自死という表現が使われることもありますけど。
自殺と他殺の分かれ目もあいまいです。
「オレを殺せ!さもなくばお前を殺す!」と襲撃されて引き金を引く場合とか。
安楽死も問題になるテーマです。森鴎外の『高瀬舟』は密室安楽死に近い状況ですが、御白州に情状の酌量があるとしても、あくまで他殺の理由としての判断です。ともあれ自殺と他殺も厳密に区別できないので、その意味からも意図的に人の死と関わっては理由を問われるでしょう。『ブラックジャック』のドクター・キリコの話などは読み応えがあります。
自殺(狭義の)ですら権利が色々と怪しいのに、自殺志願者の殺人は、生存権の地位(優先度)と殺人の付加逆性から、「こいつは死ぬと言っているから死ぬ、俺が殺してやっても一緒だろう」と、人間の脳ごときで勝手に未来を断定して「殺しました」では、正当性も合法性も認められません。
逆説的に、戦争では脳の考える正義に従うから大量殺人が起こるわけです。こうした環境では、敵に捕まるくらいなら死ぬことが道徳的で、降伏は違法とされたりするので、負傷した戦友から「オレは逃げられない!俺を殺してお前だけ逃げろ!」と言われて実行しても道徳性や合法性は犯されません。それでも脳機能の限界から、正当性は否定されます。
というわけで、貴方が失恋や失職などで、もう死のうかなと思ったにせよ、そういう比喩を使ったにせよ、頭が固くシャレの通じない親切で真面目なヤツにこぼすのはやめましょう。