彼らが恐れるのは、むしろ誤りを他人に暴かれることであり、またそれによって自分の権威を他人に踏みにじられ、軽んじられることなのだ。
 (スピノザ『神学・政治論』 光文社版p302)


 『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』 鈴木エイト

 今回はこちらの第七章から。

 どうやってここまで調べたんだろう、と驚きますよこれは。

 著者の鈴木エイトさんは、安倍さんの暗殺でブレイクする前から、ネットではちょくちょく名前がでていました。その界隈の人々も散見され、ことに『やや日刊カルト新聞』という強烈な印象を残す名前は、
ネット歴25年のいたいけな心を持つ僕たちならば既知だったはずです。
 名前がもうイケてるんですよね。権威主義を叩き潰す精神が全力で現われています。ネット初期にわりと有名だった『ほぼ日刊イトイ新聞』が元ネタなんだと思います。
 稀有の行動力、対人能力を供えながら、ある種の極めて高い知性を持つ人物にありがちな
逸脱、自由度、ふざけた感じ。禅僧みたいですね。

 そして文章はしっかりしており語彙も豊富。7月以降、メディアがなかなか楽しいことになってきました。

 

 この改善は彼らの調査実績の内容だけでなく、人柄的なノリの力も大きいと思います。

 日本人は頭が固く、皮肉や冗談を言えば、それ不謹慎だと攻撃に来る正義の火付け人が現われ、それを暴走させてしまう傾向があります。イギリスのメディアはシャレのわからんやつはほっとけの精神ですからやはり進んでいます。ことに安倍政権以降、メディアは言論の洒脱を長いこと忘れていたのです。

 カニメロンの異名をとるS元経産大臣事務所の動画は、『汚染』にも載っている取材の1シーンです。取材グループはこの件で、Sさんの側から刑事告訴されるなど身を呈したアドベンチャーを演出。
 僕は取材の様子よりも、ハリウッド映画の悪徳政治家のようなSさんのポスターに衝撃を受けました。
 
よくこのセンスのものがこの世に存在できるな……と。

 Youtubeの関連動画もなかなか面白いです。

 カルト入信の妨害活動をしていたときに、拉致の脅迫を受けて脱出用のナイフを持っていたら……などなど、なかなか凄い話が語られています。



 『汚染』では、2018年、韓国のイベントにおける韓鶴子の“
みことば”が、内部資料で判明したとあります。
 そしてそれが日本で放映された時には

 
対外的には公表できない国家復帰に関する重要箇所、日本や安倍首相を見下す発言がカットされていた。(p152)

 とあります。

 『我が闘争』が日本で翻訳発売された時にカットされた章と同じ状況です。


 ヒトラーは、現代文明はほとんどアーリア人の創造だと主張しているのですが、アーリア人は地球上の民族のうち1流の民族で、創造的だとしたのです。日本人などは内発的に文化想像力を持たぬ “文化支持的” な2流民族で、日本文化はヨーロッパ文化をコピペして和風に取り繕ったものとしました。ほとんどの民族はこれだというのです。そしてユダヤ人が3流で文明を破壊するというのです(角川文庫版 上巻378あたり)。

 ここは日本人が二流という箇所があるので、章ごとカットされたのです。

 『汚染』には韓鶴子さんの元の演説の引用があります(p155~157あたり)が、いくらか抜粋します。

 日本はたくさんの過ちを犯しました。

 誤ったことがあまりにも多くあります。

 国家の復帰
(統一教会が国教になること)の責任を果たすにおいて、まずは
その国の最高指導者を(私たちの教えで)打ち負かさなければなりません。屈服させなければなりません。

 日本が世界に目を向け、アジアを考えることができるように、その様に
教育しているではないですか。皆さんが今や、堂々と日本が進むべき道に対して、見せてあげ、教えてあげ、教育しなければなりません。

 皆さんは日本に責任を負った人たちです。
日本を愛する人たちです。そうであれば、日本が責任を果たすことができるように、最高責任者からひっくり返しておかなければおかなければならないですか、そうですか、そうではないですか


 勅使河原本部長が、統一教会には「反日思想は全くない。敵をも愛するというのが教義」という“愛”のロジックです。これは以前にも紹介しました

 日本人には罪があるが、祝福されて全てを世界に与える役目を貰った。おめでとう。

 愛の気持ちで、日本人を入信させてあげて、お金を払わせてあげよう

 といったものです。



 この“みことば”について『汚染』は



 「国の最高指導者」とは通常「国家で最も政治的権力を持つ人物」を指す。この時の日本で言うと内閣総理大臣である安倍晋三が該当する。

 とします。

 

 文面上、半分はその通りです。
 ですが、ここの「国の最高指導者」とは
天皇のことではないでしょうか。

 


 統一教会は政教一致カルトですから、韓国の最高指導者は韓国大統領ではなく自分達だと思っているでしょう。同格に見ているのは天皇、ローマ法王、イスラムのイマーム、アメリカのような制度の大統領です。

 統一教会の言う日本の罪とは大日本帝国の罪のことです。
 中国や韓国のいわゆる反日思想では、日本の批判は大日本帝国の批判大日本帝国性の批判です。「日本人は民族としてダメだ」とかそういうことを言ってくることはありません。靖国参拝などが起こると苦情をいうわけです。
 そのときには、「今の日本国も大日本帝国と変わっていない」という文脈の批判がおこるわけです。大日本帝国性の批判では「
結局おまえらのリーダー天皇だよな」ということになります。“天皇を中心とする神の国” が批判されるわけです。

 統一教会のドグマにおいても、日本の罪は過去の歴史によります。現代の日本人がすべてを統一教会に貢ぐことで責任を果たせば、日本人の罪が消えるという話ですが、罪は過去のものです。ここでは “日本国や日本人は過去の大日本帝国とは別物だ” という説が出てくる余地はありません。ポツダム宣言とは異なり、日本国=大日本帝国でなければならないのです。
 統一教会のモデルは大日本帝国とキリスト教会などの宗教団体であり、目指す世界は“文鮮明・韓鶴子を中心とした神の国”です。

 洗脳陛下万歳といったところでしょうか。
 教団のトップのモデルは大日本帝国の天皇で、韓国大統領はせいぜい大日本帝国の総理大臣にすぎず、日本の総理大臣は日本統監にすぎません。日本統監ないし日本総督は、統一教会の“天皇”の大権に服従すべきであって、任命されるべきであり、文鮮明はその手の発言を繰り返していました。

 

 統一教会にとって目障りなのは日本の天皇です。

 統一教会には過去に天皇拝跪という儀式があったといいます。今でもやっているかもしれません。
 80年代に、統一教会の日本代表だった久保木さんが天皇の役をやって、文鮮明に跪く儀式をやっていることが発覚したのです。なお、この事件を追及していたのは
ネトウヨさんが反日サヨクと攻撃している朝日新聞でした。
 当時この報を受けた右翼団体が騒いだとあります。
 統一教会は右翼団体なんて怖くはないでしょう。ですが菊タブーというやつで、皇室を悪役として日本で信者を増やしていくのは非効率です。あくまで常識的な団体を装って偽装勧誘をするわけですから。そこで少なくともこの儀式が表に出てくることは無くなりました。

 わざわざ聖なる“みことば”を削って隠すというのは、よほどのことです。安倍さんを下に見た程度では、統一教会と自民党の間の駆け引き程度にしかならないですし、森友公文書改竄や加計学園問題の熱かりし頃で、内閣支持率が3割程度だったはずですから、発覚したところで世間がちょっと騒ぐか、同盟関係にあった愛国カルト陣営に多少叩かれる程度で、これらも内輪の駆け引きのレベルで済んだはずです。
 逆に、上皇、天皇と、安倍さんとの不仲は囁かれてきました。本人たちがどうかはわかりませんが、
天皇叩き・安倍持ち上げが安倍カルトの思想です。統一教会が天皇をどれだけ裏で叩いても、安倍カルト陣営は喜ぶだけです。

 

 韓鶴子の“みことば”を読むと、反天皇の愛国主義者という新しい勢力が生まれているのがわかります。

 

 皆さんは日本に責任を負った人たちです。日本を愛する人たちです。そうであれば、日本が責任を果たすことができるように、最高責任者からひっくり返しておかなければおかなければならないですか、そうですか、そうではないですか

 

 これはネトウヨを理解するのに大変役立つ一説です。

 

 今世紀のファシズム運動については、心理学なども援用していずれ考察したいですね。

 


 「最高指導者」とは天皇のことである、という見解があっているかはわかりません。「最高指導者」はやはり安倍さんのことかもしれません。
 ですが、統一教会が天皇についてどう考えているかは言及、研究されるべきです。
 これは統一教会の正体を暴くことのできるゾーンです。

 
 権威と権力については、モンテスキューが端的に書き残してくれています。


 しかしながら、ときには、君公の意思に対抗させうるものが一つある。それは宗教である。もし君公がそう命ずるなら、人は自分の父をすて、殺しさえもするだろう。しかし、たとえ君公がそれを望み、そう命じたところで、酒を飲むことはないであろう。宗教の法律は、より高い戒律なのである。なぜなら、それは臣民の頭上と同じく
君公の頭上にも課されているから
 (モンテスキュー『法の精神』 岩波上巻p84あたり)