初回 シルクロード1 東京~北京
前回 シルクロード25 茶卡(チャーハー)~同仁(トンレン、ドゥンレン)




2011年5月17日。

6時おき。

西のタクラマカンにいた僕には朝4時クラスです。


ラプラン(夏河)へのバスは、朝7時の一本だけ。
しかし100元の宿に何泊もするわけにはいきません。

「明日でいいや」
といいだした自分にうち勝った、輝かしい記録。

うつくしいケチの心。

こうして僕はバスに間に合ったのです(ここでテーマ曲)。




荒れた山と、はっきり区切られた平らな緑。




なだらかになった山に、少しずつ緑が。




だんだん中和されました。

ちょっと笑えます。




ヤギには険しい荒地が楽園。

キモメソが弁当をトイレで食べるようなものです。

僕も知っていれば一度くらいはやっていたと思います。




高原に出ました。

ちょっと別天地感が戻ってきました。




ヤクを追う 人も家畜も フル装備




近くに寺院がありました。

ふもとに村があり、牧畜をしているようです。




羊が増えてきました。




かなり近いです。




通勤時間帯の品川駅みたいですね。




雪が残っています。

この食べ物の種類の少なそうな天地感、薄い酸素は瞑想向きです。




高原の東側に出ました。

海までここより高いところはありません。




“県公営バスターミナル”とあります。

公営のバスターミナルという意味ではなく
公営バスのターミナルという意味です。
でもバスターミナルも公営だと思います。

あ、徒労でしたね。




巡礼型の観光地で、ドミの相場は一泊20~30元のようです。

もちろん僕は20元。
奥のベッドが僕の。




コレは第2回の大同編で敷いた複線の帰着です。

大同のものは




このように一応の技術で塗装をされています。

しかし、ラプランのコレはペンキか何かで適当に塗ったっぽいです。

いや、ただそれだけなんだけどね……。




データ保存のためネカフェに。

苦労してDVD-Rを手に入れたのですが
ここには焼ける環境がありませんでした。

ここでもDVD-Rは電気屋にはなく、CD屋にありました。




ラプランの町は一本道に沿っています。
その先に大きな寺があります。

町というか門前集落。




こっちが町側。

「以上となります。」
という感じ。




チベットにグーラッシュがあると聞いたらウィーン人は驚くでしょう。

タンザニアにもんじゃ焼きがあるような感じだと思います。

でも誰が頼むんだろう?




寺側。




続いて食事。

一泊20元ですので、町はゆっくり見ればいいです。

これはヤクのヨーグルト。
わりと普通で、ホータンでちまきについていたものにはかなわず。




やはりメニューは単調。

羊 or ヤク + 皮状 or 紐状の小麦 + スープ(羊 or ヤク)

つまり8択。

それぞれの有無をいれると20種類くらいになります。
ここはジャガイモを導入しているようで、25種類くらいあります。
米は書いてあるけど常にありません。




下の飲み物あたりを見ると
涙ぐましい努力でメニューを57種にしているのがわかります。




店員さんが一人でのんびり作っていることが多く、いつも30分くらい待ちます。




20番か21番の麺。

飽きていなければ美味かったでしょう。




でかそうなので今日はさわりだけになりそうですが
つづいて寺に行ってみます。




参加してみました。




その中庭脇の建物。




裏側。




中庭を出て正面に行くと、無料で入れる様子。




かなり凝っています。

吉野家やセブンイレブンの本店クラスだとこのくらいでしょうか。




どういう目的の建物か僕には不明。




石畳もハイレベル。




まだ続きます。




(改)の奥です。

火事になってバケツリレーをしているわけではありません。




内部は静かで帰宅の雰囲気。

マニ車のある外壁側はまだ賑やか。




町に戻り、がんばって夜でも開いている中華を一軒探しました。




キクラゲにピーマンに豚肉。
華北風です。
ちょっと高かったけど満足。中華だし払っチャイナ。




今日もでかい月。

月はイケメソを狼男に、我々を牛男やウナギ男にするので
絶対に変身してはなりません。




“日本語”から逃れることは難しい。

・「を」で始まる。
・蛋(タマゴ)に「虫」という字が入っている。
・中の商品がなんだかわからない。

といった斬新な文法がむしろ刺激的です。




到着記念に一杯。




保存食にしてはましだったタマゴ。




明けて18日。

開店させている最中のショッピングセンター。
柱部の文様がチベットです。

柱の赤いのもチベット風で、人柱かもしれません。

チベットだけに、血、べっとり。




名物のバター茶がなく、ミルク入りのもの。




見慣れない麺を頼んでみました。

どうやら「種類が少ない」などといって、チベット料理サンをナメていたようです。
皮状と紐状の小麦を両方いれたものもありました。
本当に失礼しました。

ちなみに、小麦も採れないので、近代までは高級品だったそうです。

こうやって何もないから自由な時間や発想ができる反面なわけですが、
どんだけ自由な時間があるんでしょう。
確かにチベットは精神面ですばらしく進んでいるようですが、
検算としても説得力ありすぎだろコレは。




宿のバーで一杯。

昨晩はほんの少ししか眠れませんでした。

ルームメイトは年輩のチベット人x3。

朝5時までは、恐ろしい音量でいびき。

朝5時からは、恐ろしい音量でお経。




天井。

これはおそらく裸電球をつけたときにパワーアップする模様。




ときどき売っている屋台のパンには
何やら激しく黄色いものがついています。
言葉が通じればなぁ。
せめて絵の具ではないことは確認しておくべきでした。




寺院側と町側を区切る通りには、小さな露天街。




こちらは近年オープンしたというユースホステル。

オーナーらしき人と喋って情報交換。
設備や話し相手、旅の情報量はこちらのほうがよさそうでした。




僧の音楽に勝手に合わせます。

身も心も多少チベット化。




ブタさんも放し飼い。

牧畜文化に近年になって農耕文化のブタを持ってきたためでしょうか。
飼育されているブタさんの中ではラッキーな部類といえそうです。

同時に目に付くのは地面。

気候と人口密度のためか、チベットの衛生観念はほぼ皆無。
街区の脇などは、常にこのようにごみだらけ。




上から目線。




寺院全景。




この上からの撮影です。

かなり危険な階段。
わき道からのほうがよかったです。

高地のため高台ひとつに一苦労でしたが。




昨日の続きをしに寺院へ向かいます。




影がスナフキン。
旅をしていると、こういう格好になっていきます。




「こんな時間にこんな石碑を見ている貴方のようなパンストフェチでは
どうせ何か面白いことを書いても読めないでしょう。」
と書いてあります。




むしろフレンチ。

「シャルロッテ!おばあちゃんがクロワッサンを焼いたわよ!」

どたどたどた

「ママ!カトリーヌがマリー・ルイーズにいじわるするの!」

「あら、お人形は食卓には連れてこないって約束したでしょう。」

という会話が聞こえてきそうです。




しかしここで聞こえているのはマニ車のキコキコ音。




裏側は山側で、マニ車はそれほど並ばず路地のようになっています。




ところどころに小さな院ができています。




風景。




念仏を唱えながら巡礼する若者。

世代で信心に差があるというのは、世界では特異な現象。

もっとも、信心の行く先が点数やブランドや商品に変わっているだけで、
つまり宗教という自覚がなく異教徒になっているだけで、信仰心の篤さも量も変わっていないのですが。




手前も若い女子。




コンタクトレンズを探しているところです。




これは祈ったりする房でしょうか。




ちょっと美化した写真で遊んでみたくなる風景。
遠くに動物もいます。




こいつ(下部)はけっこういい顔をしています。




そしてまた回り回す。
そろそろ町に戻ってくるというところ。




先の動画にもあるように、ここの案内役はこいつらが担当しているようです。
かなり偉そうで態度悪い。




監視員としては




逆回りをしていたお登りさんが一人いた他には




秩序を乱している者はいない様子で




今日も平和に終わろうとしている。




山羊が斃(たお)れて、動かなくなっていました。

寺院というところでは、往々にして生死に触れることになります。




今回はなりませんでした。
起こしてホントすまんかったw

輪廻ですので、

いつかこのヤギが誰かをたたき起こし、

その誰かが別の誰かを起こし、

回りまわって、

いつか誰かが今朝のチベット人達をたたき起こしてくれることでしょう。




町側に戻ると、太鼓を売っていました。




ツァンバというこちらのもの。
どこかで食べた日本の味ですが、まあ思い出す価値もないというか……。




ヤクの肉まん。

なかなかいけます。

食堂には尼僧がけっこういて、
このときは声を聞いてはじめてわかりました。
パオズをくれようとしたり、親切でした。


食堂には乞食がたくさん入ってきます。

修業的、思想的なもので、概してしつこくありません。
格好も聖者入っておらず、匂いなどはありません。
かなり聖地感、チベット感が出ています。一円も払わなかったけど。




宿のスタッフのティンリー。

インドに8年いたといい、英語も話します。
僕としては雑談できたのは10日ぶりとなり、かなり話しこんでしまいました。

写真を撮って日本で公開してくれと言っていました。

こんな時間にこんなブログを読んでいる肛門自慰中毒の連中に晒されても
いいことは何一つないと思いますが。




もう一人のスタッフと。
ティンリーが着ているのは伝統的な服。




晩御飯はまた中華へ。

9時半くらいにみんな閉まるので要注意です。

ラプランは宿と雰囲気はいいのですが、チベット食堂がいまいち。
食費は材料が輸入らしく高く、そのくせメニューはいつも同じ。
野菜はほとんどありません。

チベットも豚を食べる習慣がなく、
多くのチベット料理の店がイスラムOKの“清真”をかかげていますが
西域から来た僕としては彼らのトマト麺も12機のジャイアントスネオ号が30分で全滅するほどに退屈。
しかも、イスラムOKの食材しかない店にわざわざ入るのは勿体無い気がします。




明けて19日。

これはチベット料理屋にあった中華風チベット料理。
すばらしいです。
あるんですねこういうのも。




名物バター茶。

ちょっとしょっぱいスープのようで美味。

気圧と沸点の低い、高地チベットならでは。
よそでの再現は難しそうです。




のんびり雑誌を見ながら一杯やります。

グラスの上に僧が立っているようにも見えます。見えないか。




突如、雹(ひょう)が降ってきました。
自然環境はかなり厳しいところ。
スナフキン化は避けられません。




またヤクまん。

ここのは肉汁が濃い絶品。
ヤクは打つものではなく食べるものです。

上の中華風と同じ店ですが、
数件まわった中ではこの店が数ランク差で最良でした。




素晴らしくまずそうに撮れた……。




店にかけてあるのれん。




すばらしいリアリズムです。




今日のルームメイトは3人のイスラエル人。

一人がここで別れて、
僕が向かおうとしていた郎木寺(ロウムーチー)に行くというので、旅の連れができました。




ここで沈没かとも思われましたが、明日移動することに。




泊まっていた華僑飯店の正面。

「華僑……?」
と、
英訳がすごいことになっていた、
というかチベット語を漢訳したときに既にすごいことになっていたっぽいので適当に入ったのですが、
バックパッカーの間では知られている宿のようです。

おそらく“チベット・インターナショナル・ホテル”としたかったものと思われます。




中庭。

イスラエル人たちとホテルのスタッフと、遅くまでバーで飲んでいました。




また早いので、明日の朝食。

フランスは法国、アメリカは美国、ドイツは德国と書きます。
イギリスは英国です。

ということで、これは“フランス風小パン”。
さっきフランス行ったし。ね?アントワーヌ。




でもよく見るとコレ。

どうみても中華です。




今回までの移動分。

17日の支出 122.5元(1,600円)

 内訳
  ラプランへバス 26元 計
  トイレ 0.5元 26.5
  DVD-R 15元 41.5
  ネカフェ 6元 47.5
  めし
   ヨーグルト 5元 52.5
   麺 7元 59.5
  中華
   炒め物 15元 74.5
   白米 1元 75,5
  ビール 3元 78.5
  つまみ 4元 82.5
  宿2泊分 40元 122.5

累計 +6023 6145.5元(77,000円)

18日の支出 343元(4,400円)

 内訳
  茶 6元 計
  めし 7元 13
  土産
   布x4 220元 233
   帽子 10元 243
   バッグ 25元 268
  ビール 6元 274
  土産
   アクセサリ類 45元 319
  めし
   ツァンバ 4.5元 323.5
   パオズ 10.5元 334
  めし 13元 347
  ビール 6元 353

累計 +6145.5 6498.5元(81,000円)

19日の支出 66.5元(850円)

 内訳
  バター茶 5元 計
  めし 15元 20
  宿 20元 40
  ビール 6元 46
  めし 10元 56
  ビール 2.5元 58.5元
  豆 2元 60.5元
  パン菓子 6元 66.5元

累計 +6498.5 6565元(82,000円)

------- ココから特に中国に興味のある人だけ --------

以下はより理解を深めるためのオマケです。
点線より上の本編とはリンクしません。


第26回は、チベットもろもろ。


アムドとよばれるこのあたりでは、
高原で牧畜が営まれ、山一つ越えると農地があって、また高原。

そういう地形なので、そんな感じで人が暮らしています。

高いところで酸素が薄いためか、
時間が経つのが遅く、“まだ3時なの?”ということが毎日でした。

頭もうまく動いていない部分と活発な部分がかなりあるようで
習慣だけでなく、考え方もかなり違ってくるはずと思われます。


鳥葬。

鳥が死体を食べるというアレです。

次に行く郎木寺(ロウムーチー)ではこれを見学できるとのこと。

一人で見る気はなかったんですが、
新しい連れになったイスラエル人が見るというので
せっかくなら……と心が動いてきました。

写真で見るとかなりアレに感じたんですが、
こっちの空気の中で見る分には平気だろうと思ったので。


人は死や肉体や魂などの捉え方を文化に頼っているところ大らしく
一歩間違えるとかなりファンキーな印象になります。

この話のとき
「日本では、火葬の後で、骨をハシでつまんで骨壷に入れ……。」
というと、イスラエル人たちは楽しそうに絶叫していました。

オーストリアでは、美しいレクイエムが奏でられるウィーンの大聖堂の地下は
実は墓場で骸骨だらけとのこと。
ハプスブルク王家の心臓は王宮の教会に、身体はある教会に、
大聖堂には心臓以外の内臓が保存してあるそうです。


ここの気候は厳しく、地形は険しく、
人々は中国のように懐っこくなく、食事はネタレベルなので
居心地はあまりよくありません。

ここにある魅力はそれによる産物、
ここの価値観に尽きるように思われます。



食べ物などについて。


上で“皮状の小麦”、“紐状の小麦”とあるのは、どちらも麺であるという皮肉です。

日本語では麺というと長い食べ物のことになってしまっていますが、
本来は小麦などの粉を固めたものを麺といいます。
ですのでスパゲッティだけでなく、マカロニもペンネもパスタはすべてヌードル。
餃子の皮も白玉もほうとうも麺です。
ラーメンとは長い麺という意味ですので、ざるうどんも焼きそばもラーメンです。
焼きそばはタデ科の植物ソバを使っていないので、焼きラーメンというのが本来的です。

ワイン、クロワッサン、プレッツェルなどには逆の誤解があります。
ワインとは葡萄酒の意ではなく、自然に酵母菌が作る製法の酒のこと。
日本酒はワインで、“さくらんぼワイン”などというのは正解です。
クロワッサンやプレッツェルは、三日月やリボンの形状の名前です。
リボン状のこんにゃくにプレッツェルというのは正しく、
棒状のお菓子にプレッツェルとあるのは誤りです。

とにかく、ここにあるのは小麦粉+羊かヤクだけ。



バター茶は名物らしいです。

ドイツ語でバターのことをTeebutter(ティーのバター)というのですが
茶(ハーブティーか紅茶)にバターなんか入れないので不思議でした。
「なぜ?」と聞いても「知らない」といわれ続けていましたが、これで納得。
バターが中央アジアから来たものなんでしょう。



ティンリーによると、チベットでは一般にマリファナはやらないということでした。

周辺地域ではブータンと似ているそうで、お互いに文字を読めて意味がわかるそうです。
ネパールはインド的でかなり異なり、要するにあっち側ということらしいです。
雲南あたりにはこの習慣はあるのですが、そういえばチベットには麻はあまり生えなそうです。


この地域、アムドのチベット人には西洋顔も混じりますが、
多くはエスキモーや日本人に似ている顔つきで、南へビルマの奥地へと、
中国を囲う形でいわゆる“北方系”のラインがあるようです。

以前にビルマの裸族のドキュメンタリを見たら、我々と同じ顔をしていました。
そのような人々の情報が入ってこないのは残念なことですが、
残さない生き方もとい思想だから裸族なので無理でしょう。

音楽もリズム、楽器、歌い方、ペンタトニックなどが日本民謡とほぼ同じで、
太古の人々の移動が偲ばれます。



チベット語の響きも日本語に似ており、朝鮮語やモンゴル語にはもっと似ていそうです。

カシュガルで会ったチベット人に聞いていた挨拶数語と、
アムド方言というチベット語を使う地域ということで、これもWEBで調べて使ってみました。

しかしまあ通じないこと。

ブカドリンチェという「ありがとう」が数度通じた場合もありました。
カシュガルで聞いた標準チベット語らしい「トゥーチーチー」のほうが通じました。
でもコレ、中国語系(多謝謝)?

ABCで書いたものを見せても「わからない」というので、どういう言葉なんでしょうね。
ABCを知らないだけかもしれませんけど。

こんにちはの意と書いてあった
「チョープデモインナ」
は、あとで判明しました。

これは
「ご機嫌いかがですか」
らしいので、店に入っていくときなどはおかしいことになっていました。


DVD-Rは中国語(北京語)で購入したのですが
日本語との発音は相当違うらしく、
「多少銭(ドゥオシャオチェン)?」=いくら?
というと
店員(チベット人)が
「?」
となり、
横にいた客(これもたぶんチベット人)が
「『多少銭?』って言ってる。」
というと
「ああ、なるほど!」
となっていましたが

僕には
僕の「多少銭?」

客の「多少銭?」
との違いがまったくわかりませんでした。

何か決定的な音節が抜けているか入っているようです。

日本語とかけ離れた発音の英語ですらカタカナでわりと通じてしまうのですが
中国語では多少真似をしてみても、このようなことがたびたびあります。


この一帯には、同仁(ロンウォ)のほか
中国語名を合作、互助、共和、平安などという自治県があります。
スローガンくさい名前であまりセンスよくありません。
ニュータウンが変名したナントカが丘みたいな。
思うに、地名をつけてよいのは、そこを発見したか、開拓した者だけでしょう。


チベットの男達は、あまり太っておらず、浅黒く筋肉質です。
女子は結構よろこぶかも。ただしロンゲが多い。
彫りが深く、ファッションのセンスはよいです。
ウクライナとかのアジア版、男版でしょうか。



漢族の移住がちょくちょく進んでおり、当の住人同士は仲良くやっていますが、
将来的にはサラエボ状態になるかもしれません。

後で連れになった広東人(かなり政府嫌い)に
「こんなとこ確実に赤字なのに、中国政府は何で占領してんの?」
と聞くと
「インドを警戒して取っておいたって説かなぁ」と適当に言っていました。
ソ連を恐れた日本が建てた“偽満”、満州帝国と同じなのは皮肉です。




すばらしいリアリズムです。

私的な芸術論で解説しますと、限られたキャンパスで、静止して音もない絵画の中で
音や時間のある実際の世界を表現をするには、現実の視覚面だけの模写でなく、
さまざまな表現がされることになります。

たとえばマンガには、現実空間では浮かんでいない効果音が描いてあったり
人間が目を見て会話するため、現実の人間より目が大きく猫かれていたり。
藤子キャラが異形の者である一因は、彼らが大家族制の時代や学校の無い時代にあった、
つまり成長期に本来的に必要な、同居の兄弟や親戚、異年代の近所の子やペットの一人格化であるから
常人では表現できないためでしょう。

光だけではない世界の現実というところでは、こちらのほうが正解です。
これが色でこれが音、これが時間でこれが物質、これが温度でこれが光などというのは
不可分である世界を人間が勝手に分けて、認識しているだけの便宜上のもの
(右がないと左が、音でないものが存在しないと音は存在できない)なので、
正確な模写よりも、共感覚的なもの、数に色があって曲に味がある表現が
絵画という視覚面、つまり光だけで表現しようする“実世界の把握”には正確になります。

たとえば盲目の人に、この内容をここで読んでも話して聞かせても、この内容は通じます。
この内容の実体は視覚で入る文字でも聴覚で入る音声でもなく、意味であるのです。
芸術とは、分けたものを戻すことによってこの世界の実態の把握と表現することへの試みであり
我々が日ごろ行っている表現のすべてということになります。


子供は、これが色覚でこれが聴覚という分離が進んでいないとのことです。
色々と分けてしまう大人がなかなかできないように世界をリアルに表現できます。

これはシュールレアリスム、つまり超現実主義が近いでしょう。
もっとも僕が言いたいのは、真現実主義という意味です。
現実を超えているのではなく、現実描写=非写実ということですから。
要するに芸術すなわちレアリスムです。
実はアートは、我々が芸術と読んでいる物は、芸でも術でもないでしょう。


砂を一握り、手からこぼして砂山を作ると
砂粒の集合体であるこれは、砂山でもあり砂粒それぞれでもあります
(英語における複数形のallと単数形のeveryの認識でしょうか)。
端のほうには裾野であるようで、どうやら独立した砂粒もあります。

チベットの至る所に描かれている模様には、よくこのような砂山的世界が見られます。
そこには実際には砂っぽい乾きや重さや匂い、風で飛ぶといった時間的変化もあるので
これを正確に絵で表現しようとすると、デザインは形(フォーム)の変化、すなわちデフォルメされます。
デフォルメは均整の中のリアル化、不協和音や誤謬の美しさ、楽しさでもあります。


「サンマは安いから美味しくないとでもいうのかね?」
というように、
何気ない、ありふれた子供の絵には天才的世界がつまっています。

この絵では、女子の視線が一番小さい花に向かっているので、どうやら花が咲いた瞬間のようです。
日傘を忘れて、日傘が小さくなってしまうほど、我を忘れて喜んでいます。
服のプリントは、彼女がこのような花のような世界の住人だからでしょうか。

土が盛ってあるので、野生のものではないでしょう。
誇らしげな顔ですが、右の者が栽培したのでしょうか。

右の者は人間ではありませんが、表情があるので、ウサギ的な人格があるようです。
右の者には手足がありません。
もしかすると右の者は実際の場面は存在しておらず、実際には女子は一人で、
右の者は絵にのみ描かれた、後に女子から喜びを伝えられて目で見るようにこのシーンを感じた共感者、
そして絵を見た我々を含む、共感を期待された者たちの全体意思かもしれません。

手前の三つの乳房のような山は僕には捉えられません。

などなど、他の人がどう感じるかはわかりませんが。


ここは理にかなった考えやデザインが多いところです。
酸素が薄く、何もないようなところですから。


そうそう、一箇所、「描」を「猫」と書いたのお気づきでしょうか。

次回 シルクロード27 ラプラン(夏河)~郎木寺~ゾルゲ(若爾盖)