センチメンタルなはなし | 稀那blog『終わりの果ての色』

稀那blog『終わりの果ての色』

歌を歌って、時々、お話を書いています。

自分の中のことをよく書いていますが、
何かを感じて頂ければうれしいです♪






息子を出産してから3ヶ月と1週間。






息子は首がほぼ座り、

世の中に興味を馳せるようになり、

おもちゃを手に取り、拙いながら遊ぶようになりました。



毎日エネルギーを取り入れて、

進化していく息子を感じ、


生きていくことってすごいな、と強く思います。











3月の終わり、

父方のおばあちゃんが亡くなりました。






すごく可愛がってくれたおばあちゃんでした。


私はおばあちゃんの微笑んだ顔が好きでした。


ここ数年は怪我や病気で施設にずっと居ました。










昔のおばあちゃんと、ここ数年のおばあちゃんと、最後に会った機械に繋がったおばあちゃんは


みんな違う人に見えて、


ひたすらに目の中に浮かぶのが、

昔の元気だったおばあちゃんの笑顔だったのが、



とても申し訳なくて。






それでも、私が小さい頃の元気だったおばあちゃんを思い浮かべて涙が出ました。





昔のおばあちゃんに会いたくて、

最後に息子に会わせたかったけど、


無理でした。
















小さい頃から高校に上がるまで住んでいた、
父の会社の社宅が壊されて、新しいマンションが建った時。


自分の一部が無くなったみたいに淋しかったんですが、


それ以上に、
あんなに切なかったのに、普通に日々が過ぎていって、
新しい家に慣れていく自分が悲しかった。

(新しい家はうれしかったし。)





でも、なんとなく、またあの社宅に戻れるような感覚を、
随分と後になるまで持ってましたが、



完成した新しいマンションの前を4回目に通った時、

あの社宅にはもう2度と戻れないと分かってしまいました。









その時の感覚を、ふと思い出しました。


おばあちゃんにはもう2度と会えないんだなぁ、って。。。







おばあちゃんを想って泣ける場所は


もう、どこにもないような気がします。









それでも、私は息子や娘を見て未来に心を馳せたりします。



とても寂しいけど、それが生きていくってことなんだな、と思います。












せめて最後におばあちゃんと話したかったな。

寂しいな。





おばあちゃん、お疲れ様でした。