昔のサッカーと現代サッカーを観て思うこと | QUIMERICO(キメリコ)のアブラカタBLOG

昔のサッカーと現代サッカーを観て思うこと

インテルがCL優勝しましたね。

おめでとうございます。



私は昨晩、NHKが放送している


『FIFAワールドカップ 記憶に残る名勝負』

アルゼンチン×イングランド(マラドーナの神の手ゴール、5人抜きゴール)

を観てからCL決勝戦を観ました目

昔の名試合と、現代の試合を連続して比較しながら観るのは、

なかなかにマニアックで楽しかったです。



個人的には、戦術サッカーよりも

個人技が映えるサッカーの方が好きです。


現代の戦術サッカーを支えるのは強靭なフィジカルと理解力(頭の良さ)だと思いますが、

自分は身長が165cmですし、頭脳も小学校時代は猿に近かったと思います。



仮にモウリーニョに憧れているサッカー教育者が居て、

もし小学生に戦術ガチガチのサッカーをさせようとしたら、


私のような、サッカーが好きなだけのサッカー少年は

サッカーを取り上げられてしまう危機です。



たしかにサッカーは勝つことが重要ですが、


それ以外に、


友人への感謝とか、悔しさをバネにするとか


いろいろな事を学べる素晴らしいフィールドだったと感じています。


サッカーの現場が(私の考える)間違った方向にいかないことを祈ります。




ジョゼ・モウリーニョの超現実的サッカーは、マネーゲームと化した

サッカー界においては、賞賛される意味があると思います。


インテリスタや選手も喜んでいたし、

やはり勝つ事は歴史に名を残すという意味でも重要だと認めます。



ただ、モウリーニョに唯一望むのは


インテルやマドリーのようなビッククラブで、選手を駒の様に並べて使うのではなく




ナショナルチーム、自国ポルトガルを率いてそれをやって欲しいということです。




クラブ同士の試合は、どうしてもマネーゲームに直結しましすが、


国同士の試合は基本的に誇りと誇りのぶつかり合い。



そこで、国を背負う誇りと共に選手達が全員で守ってでも勝ちたいという闘い方を選ぶなら、


それは非常に支持できる闘い方だと思います。


政治や戦争の感情も入り混じった国同士の試合で、


絶対に勝ちたいから亀になる。


それは理解できます。


ロマーリオやらストイチコフやら、ちょいと前のロナウジーニョが母国のために


必至こいて守っていたら、国民も自然と応援しなくては・・・


となると思います。





世界中から買い漁った選手をバスの様に並べて・・・戦術サッカーをされても


勝利を称える拍手はしても、ユニフォームを買いたいとは思いません。





1-0で勝つより4-5で負けることを美しいとするバルセロナのサッカーの歴史。


それ故に、これから先バルサには苦難が待っているかもしれません。


勝てなく事があるかも知れません。


それでも、ソシオ、クレ、下部組織がバルサのアイデンティティを守り続けると


信じてやみません。


VISCA BARCA!


長かった...。