さて 記録:155の続き感のない続き……どうしようかと思いました
自分で書き始めたからには
(まとめなければ) と思ってはいるのです (いつも)
「大体寄り道が多いからそういったことになるんじゃないんですか? 」 と
自分に問い質します← やれやれ……そんな記録
読んでくださって ありがとうございます
本当は 人は ひとりでは生きられない← 全
なのにその単位→ 一
そこがヒジョーに難しく (ビミョーで) 個も 文字通り
〈個々〉 ですから 余計にそう感じることでしょう
他人の評価に 自身の評価が引きずられる現実があるからです
他人の 自分への扱いのはずが
自分の 自分への扱いにすり替わっている危うさがあるのです
〈ソウルメイト〉 なんて言葉はあるように
共感して 魂が震えるような 他人との出会い も存在するのかも
しれませんが……自分のソウルすらメイトでなかったらファンタジーが
匂います← いいのかコレ?
逆に 親子でさえ別人格 ということを思うなら
他人に過大な期待は無用だと思われるのです
元は一つ ということと
自分と他人 (別人格) として付き合うということは別物 (別の次元のこと)
のようです
日々 自分を動かして 動いていくということが
とにもかくにも火急の用 でもあります ( 〈取説〉 なんていいますが
それも含めて自分自身だからです)
冬化粧 紅さす富士の 懐に
誰ぞ入りたる 者やあるかは