「繋がっている」という感覚は、
必ずしも形で証明するものじゃないと思っている。
形のある繋がりは、分かりやすい。
会えたか、行けたか、支えたか。
それは数えられるというだけで、
必ずしも本質ではない。
私は、
会えたかどうかや、
物理的に近くにいられるかどうかよりも、
そこに重きを置いていない。
強く心を揺さぶられた体験は、
既に自分の中にある。
失う感覚も起きない。
あとから何かを足さなくても、
証明しなくても、
自分の中では消えない。
だから、
行けない時期があっても、
お金がなくても、
「切れた」とは感じない。
すでに受け取ったものを、
自分の人生の中に置いているだけ。
形のある繋がりに執着しないという選択は、
距離を置くことではなく、
むしろ一番静かな信頼だと思っている。