1991年3月 ボクは自衛隊に入隊した。

ぶっちゃけ出オチみたいなこの写真。
80年代の原宿 竹下通りを闊歩する
昭和の自衛官という画像なのですが
『令和』の年号を迎えた21世紀の
現代人がこの光景をみたら

「こんなヤツらいるワケねぇだろ」


とまぁそうなりますよね?

わかりますわかります。


でもいたんです!本当に!

ボクの周りにはこんな自衛官が

普通にいっぱいいたんです!!


今日はその話をします。

まず1986年からの約5年間。
日本にはバブル景気という
それはもう〜凄い時代がありまして
この当時、ボクは高校生だったので
詳しい事はよく知りませんが。

このイカれた時代へようこそ♪な
好景気に日本は浮かれておりました。

ボクのいとこのお姉ちゃんは
証券会社の受付嬢をしていて
「新卒のボーナス300万でた」とか
ほざいていたので、これがいかに
破壊力のある時代だったかと
いう事がよくわかります。
で、その狂った経済の余波は
大学受験を目指す我々の耳にも
当然入ってくるワケでして
「大学卒だと就職先を選び放題で
給料が高卒の3倍違う!」という噂が
赤い彗星の速さで広がっていました。

こうなると昨日まで一緒に早弁して
授業中に居眠りしてたバカ仲間ですら
その浮かれた好景気にあやかろうと
大学を目指して頑張るのですが

ボクにはひとつだけ疑問がありました。
「もし大学に通う4年間で世の中が
ひっくり返ったら?どうするの?」
という未来への危惧です。

元々、直感で生きているような
ボクなのですが、一番の理由は
『ベルリンの壁』にありました。

ボクが16歳のとき壁が崩壊して
東西ドイツが無くなったのです。
一夜明けたらテレビの中で突然
世の中がひっくり返っておりました。
朝からそれくらいの衝撃でした。

H&K社のMP5が『西ドイツ製』
では、なくなったのですから!
これはボクにとっては大事件です!
十兵衛少年はこのとき
『不測の事態』の怖さを知りました。

世の中に絶対的な安定など無く
将来、不測の事態に対処できる能力を
要求される日が必ずやってくる!
そう考えた18歳のボクは
陸上自衛隊に入ろうと決断しました。
学力でも社会的地位でも財産でもなく
人生に生き残る強さを重視したのです。

これを学校の先生に話したら死ぬ程
笑われました。しかし十兵衛少年は
昔からブレない子供だったので
高校卒業と同時に即入隊。

自衛隊の教育隊は不良の更生施設かと
思うほどのヤンキー見本市でした。

それこそ髪型だけでも、鬼ゾリ、金髪
パンチ、中分けロング、リーゼント
出身も埼玉・茨城・栃木・群馬
湘南・八王子・山梨・群馬
四国・九州・沖縄・群馬と
みんなバリエーション豊かでして

都内在住。私立オボッちゃま高校出身の
ボクには全てが珍しかったのです。

ただ見ているうちに不良の方々の
「世間からはみ出している」
という自己主張は、どれを見ても
なぜか『不良』という小さな枠からは
一歩もはみ出していなかったという
クソ事実がわかってしまいまして
結局、コイツらの生き方なんて
誰かが作ったヤンキー像を同調圧力で
マネしているだけの仮装に過ぎず。

集団心理で自分も強くなったような
気になっている、没個性のアホ共が
仲良く横一列に並んでそれを
『個性的なオレ!』とか言って
勝手に勘違いした承認欲求を
埋めているだけじゃねえか!と。
ボクは今でも、地方の成人式で
マジメな方々を威嚇するしか能のない
はた迷惑なニュース映像をみる度に
そういう気持ちになってしまいます。

小せぇ村社会でイキってるだけのバカ!

『田舎者』ってのは創造力の欠落した
ダセェ勘違い野郎を指す称号で
出身地とかは関係ないんだな・・・。
都市部にも田舎者はいるんですよ。

そして、同期の不良少年たちが
入隊してきた動機というのは?

彼らの話が、嘘やフカシでないならば
基本的には、地元で暴走行為やら
破壊行為をやらかしまくった挙句、
地方公共団体の方が手に負えずに
自衛隊の広報官に相談したところ
『大型免許取得』というエサで
ここまで連れて来られた。という
良くある経緯のエピソードでした。

他にも家族への蛮行をはたらき過ぎて
「前科者か?国家公務員か?」の
二択で来た者も数名おりました。

本当に頭が悪いヤツもけっこういて
「遠藤」というパンチパーマの
同期の話でいえば、彼は自分の苗字を
漢字で書けませんでした。なんで?

理由は「字が難しすぎるから」

今そこで笑ってるアンタ!www
これは本当に嘘じゃないんだ!
マジでそういう時代だったんです!

ではなんでこんな事になったのか?
というと、ボクが入隊した1991年は
4ヶ月前にサダム・フセインによる
クウェート侵攻が始まっていて
年明けと同時に多国籍軍による
空爆と地上戦が開始されました。
あわや日本も同盟国として参戦か?
などとニュースでも言われており
「自衛隊の海外派兵反対〜!」
みたいなお花畑な世間の空気の中

バブル経済による日本の浮かれ景気に
『砂漠の嵐』作戦がWブッキングした
という最悪のタイミングだった91年!
その結果、自衛隊への入隊希望者は
「このご時世に!誰が入るか!」と
本来の募集枠を大幅に下回り
ぶっちゃけ身体検査で問題がなければ
暗黙の了解で☓☓☓☓☓☓よし!みたいな。

筆記試験には英文法や二次関数も
あるのに、広報官の不思議な魔力で
先ほど紹介した、パンチ遠藤ですら
90点以上の合格点が取れたという。
ちなみに遠藤は、6の段より上の
九九をほとんど言えない。

そんな連中が何人もいたんだよ!
マジでヤバかったんだよ!91年!

そういう不作の時代だったので
実際、ボクの教育隊にも100人枠で
60人しかいない状況でした。

そのうち6人が1週間で逃げ出して
54人の同期のうち50人は・・・。
マジでこんな感じでした。

リーゼントもパーマも一度は
バリカンで刈られるんですけどね
やっぱこの人たちの不良魂が
短髪という厳しいレギュレーションの
中でも、抜け道を探してヤンキー道に
こだわり続けたいようで
鬼ゾリ、眉なし、モヒカン、パンチが
同期の中に当たり前におりました。

このあたりになると
怖さよりも滑稽さが勝つというwww

ボクは不良の方々の、薄っぺらで
図々しいセンスが大嫌いなんだけど

こういう強引でトガった一面だけは
面白くて好感を持っていました。

で、こういう人たちに囲まれていた
単なるシャバ僧のボクがなんで?
パシリにもイジメの標的にもされず
毎日を平穏に過ごせていたのか?

理由はとてもシンプルでして。
『1人だけ異常に射撃が上手かった』
これだけです。ボクは15歳の頃から
日本ライフル協会所属の射撃選手
だったので、射撃に関してだけは
新兵の頃から特級射手並みでした。

絶対にハズさないという事から
『オグリキャップ』という
あだ名までつけられておりました。
ヤンキーは競馬好きが多い(笑)

不良の世界で、最も重要な事は何か?

それは野獣の群れの中で、
特技が一目置かれる事でして

彼らが絶対に追いつけない
ハイレベルな標的を叩き出す事で
ボクは別格扱いされていたのです。

※『芸は身を助ける』という例。
こう言っちゃなんなんですけど、
連中は『威嚇』する事に人生の大半を
ブッ込んできた、チワワの群れなので
本当に勝てない相手には擦り寄って
来るんですよ。その程度なんです!

昨今『今日から俺は!!』のブームで
一時的に「ヤンキーかっこいい!」の
文化があったりしたようですが
あんなモンに憧れたらダメなんです。
なぜなら『本来の自分』が死にます。

ちなみにツイートにも書きましたが
ボクの同期の元不良少年たちは
『ビー・バップ・ハイスクール』の
影響をモロに受けた世代でしたが。

半年後にボクが配属された中隊は
先輩陸士長のほとんどが
『横浜銀蝿』のツッパリ世代でした。
おそらく例の画像の自衛官たちは
銀蝿世代の方々ではないか?と
ボクは推測しております。
そして陸曹や幹部におかれましては
キャロル『矢沢永吉』やら
クールス『舘ひろし・岩城滉一』の
いわゆるガチの暴走族世代という。

普通科連隊は『普通に怖い人たち』の
巣窟みたいな場所でした。

おかげで見た目が怖い人には
若いうちから耐性がついています。

ただね、怖かろうがナメられようが
いざとなったら殺せばいいんだよ。
そういうマインドで生きていれば
人生の大半はなんとかなるから。

おしまい。

十兵衛軍曹 エックス(旧 twitter)