忘れもしない自分の誕生日の日、そんな日に自分が最期を迎えようとは全然思いもしなかった。
由美子のうつが前日の夜もひどかったので、私の誕生日でしたが、彼女宅を訪問することとなりました。相変わらず、調子が悪そうでした。「どこか、行きたいとこない?」と私が尋ねると、「教会へ行きたい」と一言。携帯で調べてみると、彼女の家から数百メートルのところに個人宅ではありますが、プロテスタントの教会がありました。こんなに近くにあったんですね。二人ともキリスト教徒でありませんが、訪問することにしました。
ちょうど神父さんがお見えになり、由美子の現在の様子、家族、生い立ちなどと現在のつらい状況も話しました。神父さんからも貴重ないい話をしていただき、彼女の顔からも笑顔が臨むことができました。希死観念もなくなって良かったと感じました。そんなこともあり、安心して帰ろうとした帰路、彼女の口からとんでもないことを言われました。
「一緒に死んでくれませんか」と・・・。神父さんの話に納得したのではないのかと思っていたので、びっくりしていましたが、私も「いいよ」と軽々しく答えてしまいました。なぜ、了承したのでしょうか。私にはわかりません。彼女を愛してる、それはわかりません。共依存が強すぎるため・・・?生来考えることが嫌いで直感だけで答えてしまううからかもしれません。
命捨ててもいいと思うこともあります。
次回へ続く。