夢の続き | 御行奉為

夢の続き

や、マジで目が辛いわ。消滅したデータをサルベージしたものの、ファイル名が変わっていて、どれが必要なファイルか解らなくなっていたので、1個づつ開いて確認してたもので。


しかも昨年8月以降のデータは起こせなかったので、リカバリ出来た嬉しさも中途半端って云う。


始めに言い訳しておきました。昨夜酔っぱらって書いたブログなんだが、何が「だって眠いんだもん♪」なんだか。


今日はきちんとしたもの書くぞ!と思っていたものの、目が疲れちゃって、携帯の画面見るの辛いわ。


と云う訳で、昨夜感傷を交えて書く予定だった話をザックリと書きます。


夢で見る家は、いつも父親が建てた。。。正確に云えば、建て売りを購入した家であるのだ。普段住んでいる借家ではなく、自らの建てた(こちらは注文住宅なので建てたが正解)家でもない。


夢で家が舞台となるシチュエーションは様々だが、あの家があった時代ではなく、現在の人間関係で見る夢もあのあばら家であるのだ。


あばら家と云っては父親に失礼か。まぁ死んでるので腹も立てるまい。


そんなこんなで、疑問に思っていた何故か今住んでる家を夢に見ない問題であったが、先週火曜日の小島慶子キラ☆キラポッドキャストのオープニングを聴いていて得心が入った。


なるべく端的に表現しようと思うが、概念が言語化される前にその存在を感知した場所、及び五感に刻まれた記憶にこそ、その後の人生に於ける感情の発露を規定するのではないか?と云うこと。


つまり幼少期と云うか、初めての経験をした場所やシチュエーション等を強く記憶するので、無意識・識域下に於いて表出するのだろうな。と云うことを思い納得したのだ。


全然ザックリじゃないな。


目が疲れたとか言いつつこれだ。私の話は長い上に解りづらい。分かってるのに是正出来ないのだ。父親譲りなのかな?アレもそうだった。


感傷入りまくりだったな。もぅ終わります。