土筆 | 御行奉為

土筆

今日は昼近くまで睡眠。



朝食を摂りながらテレビを見ていると、俳句を喩えに、なにごとかを云っている人が映っていた。



その俳句を詠んだ人の俳号が、なんちゃら土筆だった。



つくしかぁ、30年くらいちゃんと見てないな。ちょうど今が季節な感じだし、いっちょ見物に行くか。



近所の河川敷に行くと、予想を裏切りどこにも生えていない。あれれ?今時分はつくしが沢山生えていたような気がしたんだがな?



しばらく探して、やっとこの写真の土筆を見つけた。ちっちゃいな、これ。でも嬉しい。年取るとこんなモンでも感動出来るのでお得だw
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さて、ここの河川敷では子供の頃からよく遊んでいたのだが、今日は懐かしい事を思い出した。



あれは確か小学校5年生の時だった、幼馴染みと河川敷をエッチな本(エロ本)でも落ちてないかと物色している最中、河原に1艘の船が繋がれているのを発見した。それは昭和と云うより江戸時代の品物だった。



その船は河原に打ち込まれた杭に鎖で繋がれており、船出は出来そうになかったが、鎖の長さ分は移動出来そうであった。鎖の長さは何故か10メートル程はあったろう。



我らはその船に乗り、川の流れの中央方向へと蹴り出し、短い航海をたのしんだ。始めは川幅の中程まで進み、支点が繋がっているので、川下へと流され最後には川縁に到着する。何が楽しいのか今となっては不明だが、当時の我らは狂喜して繰り返した。



先ほども書いたが、その船は江戸っぽい雰囲気の古い物で、遊ぶうちに鎖の接合部分が破断してしまった。



ちょうど川幅の中央付近でだ。



そのまま我らを乗せた船は川下に向かい流されていった。



まずい、このまま行けば、程なく東京湾まで流されてしまう。同乗している友人はパニック寸前である。そんな彼も今では大企業の課長だかなんかだ。



「落ち着け、手で漕げばいつかは岸にたどり着けるさ。」云うものの、私も自信があるわけではなかった。小学生の手の平の面積で、どれほどの推力が得られるものか、甚だ心許なかった。だが東京湾まで流されるワケにはいかない。帰りの交通費を持っていないからだ。



「頑張れ、流されれば流される程、帰りが大変になるぞ!」数百メートル程流されたところで川縁に接岸できたが、船は廃棄せざるを得なかった。非常に残念だったのを覚えている。せっかく鎖と云う枷を外した船を得たのだ、オール(この船の場合は櫂がしっくりくるが)を手に入れさえすれば、我々は自由な海賊だ。そう、ワンピースだ(当時はそのマンガ無かったが)!



土筆の写メを撮りながら、そんな事を思い出した土曜の昼下がり。