ブログやフェイスブックなどのSNS,ツイッターという個人メディアが豊富にあり、しかもそれなりに社会への影響があるという状況が現在です。こういう状況は歴史上初めてのことだと思います。そこだけに注目してみても、今現在、新たな社会へ移行しつつあるだろうことは、何となく想像できます。だから、100年後の人が過去を振り返ったとしたら、ちょうど2011年前後の時代で、社会は大きく変わるきっかけが生まれたんだ、という歴史認識をするのかもしれません。

面白い時代になってきたなあと、本当に思います。これからどのように社会が変わっていくのか、興味津々です。

さて、このインターネット上のメディアが生まれる前、メディアがと言ったらマスメディアのことでした。新聞、ラジオ、映画、テレビと発展してきて、テレビは居間に据え付けられ、場合によっては家の中心になるほど重要な存在に成長しました。我が家には地デジ受信可能なテレビがありませんが、そのことを人に言うと、ちょっとびっくりされます。こっちとしてはその反応にびっくりします(笑)

なぜテレビを日常的に見ないのか、というと、見る意味が無いと感じているからです。ただの時間つぶしをするならもってこいなのかもしれませんが、そんなことをする気はさらさら有りません。やっぱり自分が興味のあることに取り組んでいるからこそ、人生楽しいんだと思うからです。テレビを見て楽しい気分になるかもしれませんが、自分が自分のやりたいことをやって生きている楽しさと比べたら、比べようがありません。

しかも、既存メディアは商業ベースにのせなければいけません。だから、お客さんであるスポンサーには頭があがらないはずです。お客さんは視聴者ではありません。あくまでお金を出してくれるスポンサーです。だから社会正義の旗を振りかざすようなことを言うマスメディアは、基本信用なりません。第一に商売ですから。だから、商売なんだ、ということをはっきり認めて、そのスタンスで記事を書くならば、それはそれで有用だと思います。立場が明確ですから。自分に都合の悪いことは書かなくても、対立する立場のメディアが書くでしょうから。

ただ現状そうなってはなく、テレビや新聞に書いてあることは正しいことだ、と思っている人はいます。結構たくさんいると思います。テレビなんて、「ウソでした」というのが何回かニュースになったくらいだから、もはや信用は地に落ちたと思っているんですが、それでも盲目的に信用している人もいると思います。

新聞はまだわりと信頼度が高いようですが、押し紙問題は絶対に報道しないだろうし、結局はスポンサー第一だと思います。押し紙するのも、発行部数を多めにしたいためだろうし、それは広告媒体としての価値を上げたい、という思いだろうしね。

そんな既存メディアに対抗できうるのが、個人メディアです。ブログ、SNS、ツイッター。どれも単体では弱いです。でも、口コミのように広がるし、何かのしがらみで発言が妨げられることもなく本音が出てくる可能性がある、という点で、既存メディアとは一線を画します。そして見知らぬ人同士を結びつけ、新たなつながりを生み出します。

これは既存メディアの牽制になると思うんです。メディアがウソっぽいことを書けば、それに対してツッコミが入る。それって暴走しないためにも大事なことだと思います。

まとまりがない分、とらえどころがない感がありますが、これからの個人メディアの発展に期待です。