上等なもの。 | Q05 quest

上等なもの。

会社の同僚のアートイベントがあったので、彼と、おとちゃんと行った。

自主制作のミニフィルムとか、平面作品とか、ライブとか。

仲間と集まって毎年やっているらしく。


そういう、インディーズのイベントに行くのは好き。

「レベルはどうあれ、エネルギーを感じに行くんだよ。」と、

ふたりで電車を待ちながら、私は恋人に言った。

彼は、静かに笑っていた。




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暗くなる前に会場を出て、

おとちゃんと3人でお茶をして、梅田で別れた。


「ね、おとちゃん可愛いでしょう。」

「ぞっこんだな。」


これは、彼女と、彼女の恋の話。

恋する乙女は輝いている。




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彼のコートを探しに、梅田のハービスに行った。

ハービスに向かう地下道は、とてもきれいで。

広くてゆっくり歩ける道とか、

一枚の布みたいに流れる噴水とか、

行き交う人たちの穏やかさとか。

「歩くだけで気持ちがいい。」と私は言って、

腕を組んだ恋人はまた、笑っていた。



「懐かしいね。」と言った。

「ここ、こうやって歩いたことあるよね?」




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恋人がまだ、大阪に引っ越す前。

リッツカールトンホテルの、少しいいお部屋をとった。


夜は、真っ白でやけに広いお風呂に、

たっぷりのお湯をはって、ふたりで入った。

ビールを飲みながら、バスタブの枠に両手をかけた彼に、

私がぴったりと体を寄せると、

「王様気分。」と、馬鹿なことを言っていた。








ホテルでの夜も、白くてきれいな地下街も、

何だか現実離れしていた。

周囲の空気が、いつもよりも少し、

重いような、軽いような。

ともかくそれは、私が経験したことのない、幸福だった。





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今日も、同じように、彼と歩く。

空気の重みは、あの時と変わらない。

あるいは、もっともっと深い。





彼は、少しいいコートを買った。

「いい買い物だったと思うよ。」と、私は言う。

言いながら、少しだけ憂鬱になる。




彼は、上質なものを好む。

私は、彼の横に見合う女になりたい。



それは歳の差かもしれないし、

これまでの生活水準の差かもしれない。

私は時々、彼の隣で。

きちんと背筋を伸ばしていられなくなる。




そういう時は、言い聞かせる。

「先は長いから。」



8つの歳の差なんて、いずれ埋まる。

23歳と31歳と、40歳と48歳は違うもの。



彼との、差を感じるたびに。

積んできた経験とか、甲斐性とか。

その度に、そうやって自分を励ます。

幸福さに、足元をすくわれないように、きちんと生きよう。

と、決意する。





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夜、シェルフの本やCDを、ダンボールにつめた。

もうすぐ引越し。新しいマンション。

結局、彼に生かされている私。






だけど、彼を生かしているのも、きっと私なのだと。

こっそり、思っている私。