上等なもの。
会社の同僚のアートイベントがあったので、彼と、おとちゃんと行った。
自主制作のミニフィルムとか、平面作品とか、ライブとか。
仲間と集まって毎年やっているらしく。
そういう、インディーズのイベントに行くのは好き。
「レベルはどうあれ、エネルギーを感じに行くんだよ。」と、
ふたりで電車を待ちながら、私は恋人に言った。
彼は、静かに笑っていた。
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暗くなる前に会場を出て、
おとちゃんと3人でお茶をして、梅田で別れた。
「ね、おとちゃん可愛いでしょう。」
「ぞっこんだな。」
これは、彼女と、彼女の恋の話。
恋する乙女は輝いている。
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彼のコートを探しに、梅田のハービスに行った。
ハービスに向かう地下道は、とてもきれいで。
広くてゆっくり歩ける道とか、
一枚の布みたいに流れる噴水とか、
行き交う人たちの穏やかさとか。
「歩くだけで気持ちがいい。」と私は言って、
腕を組んだ恋人はまた、笑っていた。
「懐かしいね。」と言った。
「ここ、こうやって歩いたことあるよね?」
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恋人がまだ、大阪に引っ越す前。
リッツカールトンホテルの、少しいいお部屋をとった。
夜は、真っ白でやけに広いお風呂に、
たっぷりのお湯をはって、ふたりで入った。
ビールを飲みながら、バスタブの枠に両手をかけた彼に、
私がぴったりと体を寄せると、
「王様気分。」と、馬鹿なことを言っていた。
ホテルでの夜も、白くてきれいな地下街も、
何だか現実離れしていた。
周囲の空気が、いつもよりも少し、
重いような、軽いような。
ともかくそれは、私が経験したことのない、幸福だった。
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今日も、同じように、彼と歩く。
空気の重みは、あの時と変わらない。
あるいは、もっともっと深い。
彼は、少しいいコートを買った。
「いい買い物だったと思うよ。」と、私は言う。
言いながら、少しだけ憂鬱になる。
彼は、上質なものを好む。
私は、彼の横に見合う女になりたい。
それは歳の差かもしれないし、
これまでの生活水準の差かもしれない。
私は時々、彼の隣で。
きちんと背筋を伸ばしていられなくなる。
そういう時は、言い聞かせる。
「先は長いから。」
8つの歳の差なんて、いずれ埋まる。
23歳と31歳と、40歳と48歳は違うもの。
彼との、差を感じるたびに。
積んできた経験とか、甲斐性とか。
その度に、そうやって自分を励ます。
幸福さに、足元をすくわれないように、きちんと生きよう。
と、決意する。
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夜、シェルフの本やCDを、ダンボールにつめた。
もうすぐ引越し。新しいマンション。
結局、彼に生かされている私。
だけど、彼を生かしているのも、きっと私なのだと。
こっそり、思っている私。