home sweet home | Q05 quest

home sweet home

帰る場所がない。

いつからか、そう思っていた。





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生まれ育った家は、なくなった。

中学卒業と同時に、私は家を出たから。

だから、愛着はないと思っていた。

「家を売る」と聞いた時も、別に何とも思わなかった。




高校の、夏の帰省の時。

壊されかけた家に、

「工事中」の看板を抜けて、一人で忍び込んだことがある。

ほとんど、興味半分だった。




驚くべきことに、

私の家は、コンクリートとか、木とかでできていた。

当たり前だけど。




当たり前だけど、そうじゃなかった。

私の中で、あの家は、

積み重なった記憶でできていたんだもの。

思い出とか、雰囲気とか、

空気に、意味っていう色がついて、

そこにあるようなものだったのに。






そんな生々しく、傷口を見せないでよ。





涙が止まらなかった。

積まれた瓦礫。むき出しになった壁の中。



私は危険なことも忘れて、

壁に手を触れながら、階段を上った。

薄い、灰色と紫の間のような色をした、カーペットの敷かれた階段。

足音が、手すりに響いてかすかな金属音が混ざる。


「これは確かに、私達の生活の中の音だったのに。」


あの時の、自分でも驚くほどの、喪失感。

本当は、思い出すと今も泣けてくる。




家の前に停まっていた、建設会社の機械達はまるで、

ウルトラマンとか、仮面ライダーとか、

そういった類のものたちに立ち向かう、醜悪な敵に見えた。




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実家と呼べる家がない。

気がつけば、そういう、

物質的な喪失を埋めるだけの、

気持ちの拠りどころも、なかった。




お姉ちゃんとの二人暮しは、

喧嘩ばかりで、2年が限界だった。

それでも2年もったのは、私が、

面倒な気遣いから逃れるために、

そのときどきの、男の人の家に寄生し続けたからだろう。




お母さんの再婚は、祝福した。

甲斐性のないお父さんを引っ張って、よく頑張ったねと。

幸せになって欲しいと思った。

だけど、それはお母さんの新しい家庭だから。

彼女がなんと言おうと、そこに私の居場所はなかった。





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「帰る場所がない。」なんて。

言葉だけなら、ひどく甘美だ。

だけど、私は悲劇を演じられるほど強くない。





愛してくれた人はいた。

置いてきたのは自分かもしれない。

だって眠れなかったから。

与えられるだけの愛は、居場所とは違う。





安らかに、眠りにつけること。

同じ先を、見つめること。

いつだって私は、帰ることのできる場所を望んでいた。






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「ふたりでひとつの人生だから。」と、彼は言った。





信じられないくらいの正確さで、

私が求めていたものを、差し出してくれた。





彼との日常の中には、奇跡がたくさんありすぎる。



私は、ぞっとして息を呑む。

目を凝らして、耳を澄ます。

秒速で流れていく奇跡たちを、ひとつだって逃さないように。

ひとりだった自分を、忘れないように。





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帰る場所がある。




そう思えてから、やっと。

もう帰れないあの場所も、あの家族たちも。

やっぱり好き、って思えるよ。





ねぇ、幸せになろうね。