他人のフリ見て我がフリ笑え。 | Q05 quest

他人のフリ見て我がフリ笑え。




「良かったら、コンビニまで傘入りますか?」




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夜になって降り出した雨。

天気予報を見て、「今日は傘を持っていかなきゃね。」と、

朝言っていたのに、私は傘を忘れた。

会社に置いてあった、誰のものだかわからない、

白くて透明なビニール傘を借りて、帰ってきた。



電車を降りて、出口の階段を上りきると、

おじさんが一人、雨宿りをしていた。

おじさん、というには若いかもしれない。

スーツを着て、大きなバッグを持っていた。



「あ、コンビニ行くんですか?」と訊かれ、

そんな予定はまったく無かったけれど、

「はい。」と答えた。にこやかに。

自分を演出するのは、嫌いじゃない。



歩いて30秒ほどのコンビニまで、

少し小さめのビニール傘に、その人と二人で入った。



「いつから降ってるんですか?この雨。」

「さぁ、私も会社に傘があったから助かったんです。」

「週末もずっと雨なんですかね?」

「いや、明日はくもりで、日曜日は晴れるって、テレビが言ってましたよ。」


テレビが言ってましたよ。

と、わざと言った。

理由は特にないけど。

男の人は、かりかりと話す人だった。

それから、早足だったので、傘を持ちながら少し困った。

余裕のない男の人というのは見苦しい。





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コンビニでわざわざ何かを買うのも馬鹿らしい。

だから私は律儀にも、雑誌コーナーをまわって、

「雑誌を買いに来たけれど、お目当ての雑誌がありませんでした。」

というふうに振舞って、コンビニを出た。


入り口で、「すみませんでした。」「いえ。」と言って別れたあの男の人は、

きっと私のことなど、見てもいなかったけれど。

時々、自分でも呆れるほど律儀で、小心者な私。





ipodの再生ボタンを押して、また一人で歩き出す。





あの人、今日の雨だけではなくて、

世の中に不満がいっぱい溜まっている感じだった。

可哀そうな人、と私は勝手に同情して、

それから、自分の幸せを思った。






かわいそうに。

恋人が家で待っている、という事実だけで、

私はこんなにも満たされているというのに。