凪
人生に、殊更なことを望まなくなった。
勝ち負けを求めることは悲しくなるし、
世界を広げようと思えば苦しくなる。
本当は、ただ諦めただけなのかもしれないけれど。
::
仕事は楽しい。
今は難しいことは出来ないし、求められることも多くない。
毎日、少しずつ、色々覚えていくのは、気持ちが良い。
早めに帰るようにしている。
本当はもっと、
頑張らないといけない立場かもしれない。
恋人との時間。
それもある。
それもあるけど。
まだ怖い。
::
きちんと食事をして。
きちんと睡眠をとって。
運動不足なら歩いて帰る。
牛乳を飲む。
時々肉も食べる。
ぽんこつな自分を労わること。
優しくしないと私が壊れる。
::
どっちが前だかわからなくなる。
上手に息が出来なくなる。
馬鹿げて大袈裟なサイレンの音。
圧し掛かる自己嫌悪。
ひとりで見上げた病院の天井。
朝が、怖かった。
凶暴で見えない鈍器を、
頭の中で飼ってるみたいだった。
もう、あんな風にはなりたくない。
絶対に。
絶対に。
::
恋人と、健やかに、笑っていたい。
それだけでいい。
いつかの私は、
自分で持て余すほどの上昇志向だった。
崇高な向上心があった。
競争心も。自己顕示欲も。
集中力と、忍耐力も。
それから、情熱も。
もしかしたら、
ラケットと一緒に、
すっぽりとテニスコートに置いてきてしまったのかもしれないし、
あるいは、
上を見ることを忘れた日々に、
少しずつ少しずつ、溶けていってしまったのかもしれない。
そんなことではなく、
ただ単純に、
カラダが疲れてしまったのかもしれない。
気力なのか、体力なのか。
その両方か。
成長なのか、衰退なのか、
ただ逃げているだけなのか。
わからない。
わからないけれど、
私は変わってしまった。
大きな波がうねっていたはずの水面が、
しんと静まり返るみたいに。
心が平穏を望んでいる。
::
今の私を支えているのは、「幸せ」だという事実だけ。
それだけだけど、
でもそれが全てなのではないかと、思う。
ぽんこつで、小さな私が感じられるもの。
それだけあればいい。
::
まず、健やかであること。
健全な精神が宿ることの出来る、
健全なカラダを守ること。
朝、好きな人に「おはよう」って笑えること。