笑って。
ソファのわきに置いてある鏡に、
ちょうど横にいる恋人の顔が映っていた。
しばらく眺めていると、彼と鏡越しに目が合ったので、
「鏡越しに私の目を見ないほうがいいわ。」と、神妙な顔で言ってみた。
「なんで?」と、彼が素直に訊き返してくれたので、
わたしは顔がにやけるのを抑えながら、
「恋に落ちるわよ。」
と、言った。
私が何を狙うでもなく、
リアクションに困る冗談を言うと、
彼は容赦なく、聞こえないふりをする。
私は、彼の顔を覗き込んで、
ちゃんと聞こえていることを確認すると、
それだけで満足して、笑っている。
部屋の中で私が踊っていても、
最近は何も言わなくなった。
まだ付き合いだして間もない、彼が名古屋にいた頃。
彼の部屋で、つい私が、
手で大きく弧を描きながら、
大きなステップを踏んで踊ってしまった時、
彼は少し驚いて、それから嬉しそうに笑っていたのに。
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大切な休日だというのに、
アポイントが1件入っていた彼が帰ってきた。
スーツを脱いでクローゼットにかけ、
シャツを脱いで、脱いだシャツを洗濯機に入れて、
着替えを取りにクローゼットに戻る。
この間じゅう、私は、
彼がいない間にあった出来事を、
つらつらと喋りながら、ついて回った。
1LDKの狭い部屋の中を。
足元に纏わりつく犬みたいに。
「何でついて来るんだ。」と、彼は笑った。
笑った。
笑った。
恋人が笑った。
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こういうのがいい。
ふとしたことで、たくさん笑いたい。
一緒にいるときに、どれだけたくさん笑えるかは、
一緒に生きていく中で、二番目に大切だと思う。
これは、今日、テレビを観ながら思ったことだけれど。
いつまででも、この人を笑顔にできる女になろう。
と、自分に誓ってみた。