隣を歩く人。
「今日、最後のアポイントがそっちの駅なんだけど、一緒に帰る?」
と、出社してすぐ、彼からメールが来た。
私は何だか少しはしゃいだ気分になった。
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仕事が終わってから、会社で少し待った。
それから電話が鳴ったので、ビルを降りた。
電話でお互いの場所を探りあいながら、大きな交差点まで出た。
「今、珈琲館の前まで来たよ。」と彼が言った。
私がいる場所のちょうど斜め向かいの角に、珈琲館はあった。
私は彼を見つけた。
「ここだよ。ここ。向かいっかわにいるよ。」と、携帯電話で言っても、
彼はてんで違う方を見ている。
…何だっけ、こういうの。何て言うんだっけ。
「トイメン!トイメンにいるよー。」と、
私はほとんど音だけで覚えた言葉を、使ってみた。
多分こういう位置取りのことだったはず…。
といめん、と、たどたどしく発音した私を、彼は笑っていた。
彼がこっちを向いたので、大きく手を振った。
彼が私を見つけたことを確認してから、横断歩道をひとつ渡った。
外で待ち合わせるなんて久しぶり。
私はやっぱり浮かれていて、顔が笑ってしまう。
携帯電話が鳴った。
彼からだった。
「おい、またトイメンにいるぞ。トイメンに。」
彼は笑っていた。
見ると、また、一番遠い角に彼が居た。
馬鹿みたいに、2人して同じ方向に横断歩道を渡ったらしく。
いっこうに距離は縮まっていない私たち。
「お前は動くな。」とぴしゃりと言われ、しゅんとする私。
でも本当は、コントみたいで面白くて、
彼を待ちながらひとりで笑っていた。
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串焼きとおでんを食べて、
少しお酒も飲んで、
それから2人で歩いて帰った。
地下鉄2駅ぶんのその道は、
広い歩道をただただ真っ直ぐに進むだけで家に着く。
他愛のないおしゃべりをしながら歩いた。
仕事帰りのスーツの彼と、
堂々と歩けることがすごく嬉しい。
仕事のテンションが抜け切らない、
少しぱりっとした彼は、大人びた笑い方をする。
ひどく賢そうな、落ち着いた笑い方。
それが私はすごく好きなのだけど、
ちょっと呆れてしまう。
いつもは、「男爵芋のうた」とか、歌ってるくせに。
あっという間に、家に着いた。
もっと歩いていても良さそうな夜だった。
私の隣を歩む人。
同じ場所を目指す人。
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家の前の角を曲がる時、金木犀の匂いがした。