クツズレ
この前、代官山で買ってもらったサンダル。
週末ごとに、いつも履いていたのに、
今日になって突然、靴擦れしてしまった。
親指の付け根の内側のあたり。
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電車の中で、唐突に涙がこぼれた。
私が悲しむことがあったとすれば、
靴擦れがひどく痛んだことと、
いつもよりも大きくて重たい荷物と。
恋人が迎えに来てくれていなかったことと、
それから電車の明るい蛍光灯が、
すでに化粧がくずれていた私にはつらかった。
そのくらい。
バランスが、とれなかった。
電車の中で、涙をふくことも出来ずに。
でもきっと、悲しい顔はしていなかっただろう。
勝手に、涙だけがぽろぽろ落ちた。
電車の中にへんな人がいる、と。
自分で自分のことをこころの中で思った。
ただ、すぐに会いたいと、それだけ思った。
私の中の、バラバラでぐらぐらしているものたちを、
あの細くてきれいな手で、支えて欲しかった。
駅の出口で、しゃがみこんだ。
靴擦れも、生理痛も、重たい荷物もぜんぶ。
ここにいない恋人のせいにしてしまいたい気持ち。
顔を見たら、私の口からどんなにか醜い言葉が出てくるだろう。
そう思ったら、また悲しくなった。
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私は立ち上がって、
裸足で自転車の後ろに乗った。
彼は私のサンダルをかごに差し込んで、
いつもよりもゆっくり自転車をこいだ。
「ねぇねぇ、裸足で泣き顔の女を乗せてるのって、怪しいね。」
と、私は目的もなく彼に言った。
口をついて出るはずの、醜い言葉は空に消えた。
ただ私は、なんだかひどく虚しかった。
「・・・大丈夫だろ。」と、彼は少し笑った。
信号待ちのたびに、振り向いて頭を撫でる。
私は自分が従順な犬になったみたいで、嬉しくなる。
「唄ってもいい。」と彼に許可をとってから、唄った。
夜の街を、裸足で自転車に乗りながら、大きな声で唄った。
こっこの歌。
たくさん涙を流したせいか、
頭の中に靄がかかっていて、羞恥心が麻痺していた。
彼は何も言わずに、ただ、いつもより少しゆっくり、
自転車をこいでいた。
私は、彼の背中に頬をつけた。