先月下旬に父アキラの85歳の誕生日があった。


ちょうど殿の定期考査前という事もあり、特にお祝いはせずに、殿や長宗我部と一緒にケーキを持って行って実家の家族みんなで食べた。

そして、殿の定期考査が終わった後に何年ぶりかに家族揃って改めて食事をする事に。



その日は母が珍しく個室を予約してくれていたが、その個室が2階の部屋で階段を上らなくてはいけない。

父アキラの方が母より一回り近く年上だが、概ね問題なく階段を上ることはできる。

問題は母だ。


コロナ禍に韓国ドラマにハマり、食事と睡眠以外、全ての時間をドラマに費やした為、

何ということでしょう(劇的ビフォーアフター風に)

動かなすぎて筋力が低下し、そこから膝が悪くなってしまった。

ここ2年程、整形や接骨院に通ってはいるがちっとも良くならない。

そもそも治療に通い始めるのも遅い。


そんなわけで、レストランの席が2階だと知らされた時、家族一同が一瞬ざわついた。


とりあえず父が先頭でお店に入って行ったので、そのまま父を階段へ促し、母の前を長宗我部、後ろを殿で固めて、私は一応父親の補助で父の後ろについて階段を上り始めた。

階段を数段上がったところで、突然振り返って階段を下りようとするではないか。

その階段は人がすれ違えないぐらいに幅が狭く、下手すると階段から落ちそうになるので、慌てて止めたら、


「ミチ(母親)は膝が悪いから、助けに行かないと…」

と、父がボソッと呟いた。


先程、父は概ね問題ないと書いたが、そうは言っても彼も歩き方が不安定で、私からしたら正直、父も心配なぐらいだったのに、そんな父が一回りも年下の母を心配する姿に何とも言えない気持ちになった。


どちらかと言うと父は夫としては亭主関白気味な人だけど、それでも、ずっと母を引っ張り、支え、

俺がいないと、と思ってるんだなと。

そして、それがきっと彼の生きる原動力なんだと。



とりあえず父親には長宗我部と殿がいるから大丈夫である事を伝えて、そのまま先に上ってもらった。


食事会は我が家にしては終始穏やかに済んだ。

今思えば奇跡!!!!


個室だったから、父親のスープを啜る音を誰も注意せずに済んだし笑



こんな穏やかな食事会は初めてだったかもしれない笑


お誕生日おめでとう。







どう書いていいのかわからないけれど、4月に高校へ入学してからずっと気になっていたことがあった。


入学直後に課題テスト


6月ぐらいに定期考査


その後すぐぐらいに模試


その間に何回か塾の確認テスト


どれも恐ろしく結果が悪い。


必要経費ではあるが高校入学自体もかなりの出費だった。

塾の費用も正直安くはない。


しかしながら、殿は学校と塾、そのどちらも疎かにしている感じがあった。


本人が望んで入学、入塾したはずなのに。


なので、見守ろうと思いつつも、その疎かにする姿を目の当たりにすると否応なしに腹が立つ。


そして時に怒りはエスカレートした。


まずは塾を辞めさせたい、でも今このまま辞めるのも…


いや、辞めさせていいのか?

ここで辞めたら、彼の希望する大学進学が遠のくのでは?

親自身、いつも心の中で葛藤していた。


本人も続けたい気持ちと辞めたい気持ちの間で揺れていた。


そんな中、夏休み前に塾からある課題が出された。

夏休み明けにその課題の確認テスト(クラス分けテスト)をする。

何のひねりや応用もなく、そのまま出すので、やったら結果は出る。その結果次第でクラス分けをする。そのクラス分けは一度決まったら二度と変わる事はない。

そんな条件だった。


なので殿と話し合い、そのクラス分けテストで上位クラスになったら辞めようという話になった。


夏休み明けは学校の課題テストもある。

その他いくつかのレポートの宿題もある。


それらのテストが先週全て終わった。

どれも手応えは良くないそうだ。


塾のクラス分けテストに至っては範囲をやり終えることさえもできなかったそうだ。

しかも体調が悪いと言い出したりもした。


正直がっかりした。

またか

とも思った。


あ〜、この子は何回同じことをすれば気づくのだろう…と。


もう、こんな無駄なお金の使い方は辞めようと伝えて翌日に塾を辞めた。




そして、長宗我部が殿に言ったのが、


今からひとまず1年間、思いきりやりたい事をやればいい。

ただし、定期考査や小テストは確実にこなすこと。


あとは笑おう


そんな顔(表情)にする為に高校に入ったんじゃない。



そうなのだ、ここ数ヶ月、殿の表情はずっと暗かった。目が死んでいた。



塾を辞めると決めた時、自分の中で見ないようにしていた気持ちが出てきた。


入学してからこっち、私達が殿にかけてきた言葉は、彼にとって雨にうたれるようなものだったのではないだろうか?


雨で濡れた身体が少しずつ冷えるように、彼の心もまた徐々に冷えたのではないだろうか?


私達に色々言われても多くを言い返すこともせず、ただ雨の中で立っていたのでは?


そう考えると胸が締めつけられる思いだ。



塾を辞めたら、少しずつ、ここ数ヶ月の心境を話し始めてくれた。


僕にとってはやる事が多すぎて、途中で諦めて投げ出していた。

先取り学習がなければ、自分で調整できるからやれる


などなど


真相はわからない。

やりたくないだけかもしれない。

約束を最後まで守らなかった私達は甘いとも思う。

しかし、彼が自分のペースで生活したいのも事実だと思う。


なので、これからは自分で考えて、自分の思うように高校生活という海原を航海して欲しいと思う。

ただ、世間はなかなか荒波だ。

頑張れ。

現在地を見失ったらすぐに信号を出して欲しい。

そしたら航海に戻れるように私達はいつでも援護する。



今日が高校生になった殿の本当の出航日だ。


いってらっしゃい。


良い旅を!