歩いているMr.Leeを見て俺は泣けてしまった。
40歳を越えると涙腺が枯れるのか
殆ど泣けてくることなんかない。
しかしLeeを見た俺は涙が自然と出て
なかなか目が渇くことがなかった。
彼の名前はLee。中国系アメリカ人だ。
肺ガンから転移し末期ガン、
つまりステージ4だった。
ガンが発見されるよりも先に
彼はひどい腰痛に悩まされていた。
腰痛のために病院に受診しに行ったところ
全身にガンが転移していることを発見された。
余命は1年だと宣告されていた。
ソレは2015年の4月だったと聞いている。
全身とは文字どおり全身で
彼のカラダはガンに侵されていた。
背骨の脇にまでガンは進行しており
ソレが腰痛を作っていたのだ。
ドクターはすぐに手術を勧めLeeはそれに応じた。
手術を終えた外科医は果敢に脊髄ギリギリ
の所までトライしたと言ったそうだが、
それ以降彼の下肢はピクリとも
動かなくなってしまったそうだ。
それでも腰部の感覚神経は
機能しており痛みを出し続けていた。
去年の6月俺は世界1周治療セミナー
ツアーで西回りで各国を転々としていた。
アムステルダムセミナーが終わると
ニューヨーク経由でマイアミに入ったんだ。
マイアミで格闘技の世界チャンピオンのKingMoの
ケアを行っていると1つのメールに目が留まった。
『直ぐにロサンゼルスに来てくれ』
というメールだった。
俺はこの後ハワイに行き講義が待っていると
返事するとハワイの前に来て欲しいと言って
返事よりも先にロサンゼルス行きのチケットと
ロサンゼルスからハワイまでのビジネスクラス
のエアチケットを送られてきたんだ。
俺はマイアミからハワイまでのチケットを
破り捨てるとロサンゼルスに向かったんだ。
Leeの状況を聴いて腫瘍由来の腰痛なんか
痛みが取れると思えないと言って断った。
しかし断る途中で手で制されてチケット
を送ってきた彼が言ったんだ。
「Ken、分かっている言いたいことはよく
分かっている。治してくれとは言ってない。
治らないことも知っている。それでも、
それでもKen、君に触って欲しいんだ」
彼は上に視線をズラし涙をためているのが分かった。
負けが決定している戦いに挑まない
といけない気持ちで一杯だった。
転移している悪性腫瘍。手術で神経を
傷つけたかその為に下肢が動かない。
原因は明らかであり、
決して手が届かないところにある。
それでも、どんな気持ちで彼がエアチケット
を送りつけてきたかを考えると分かりました
と言わざるをえなくなってしまったんだ。
この時期は彼にとって余命1年を宣告されてから
既におよそ2ヶ月が経過していた。
2015年の6月28日の事だった。
Leeは自宅に理学療法士を呼んでベットから
起き上がる訓練、ベットから車イスに移る訓練、
そして立ち上がる訓練をさせていた。
理学療法の分野は実に素晴らしい。
殆ど寝たきりだったそうだけど残存機能を
最大限に使いADLの確保を指導していたんだ。
しかしどれもこれも出来ない状態だった。
リハビリは非常に時間がかかるし
薄皮一枚づつ剥がれていく、
しかしなかなか目標、目的の位置が見えてこない。
そんな気の遠くなる作業がリハビリにはよくある。
施術する側も、される側も段々嫌になってくる
事だってあるに違いないのを俺は知っている。
成果が見えないコトをやり続けるコトほど
苦痛はないからね。
必死にリハビリを受けるLee。
それでも動くたびに腰が痛いと言っていた。
理学療法士さんが帰っていくと
ひと休憩し俺の出番となった。
その日は週末ということもあり、
Leeが生きている間に一目会いに来ようとする
友人が何人もいた。友人が俺はどんな施術を
する人なの?と誰かに聴いた。
「カラダを押したり揉んだりするのかな?」
「ソレは末期ガンのヒトにしてもいいのかな?
悪い部位を押して転移をしてしまうとかどうなの?」
訴訟国家アメリカ合衆国。それを聞いた俺は
Leeの施術をできなくなってしまったんだ。
触れないのに施術できないよ。
しばらく誰も口を開かなかった。
沈黙を破ったのはLeeだった。
「Kenさん 構わないやってくれないか?」
俺は皆に確認しそして施術に入ることになったんだ。
Leeは日本人とビジネスをした事があるの
か俺にいつも『さん』を付けて呼んでくれるんだ。
体のチェックをしていたんだ。
動かない下肢を見ていた。
膝の動きを見た。脱力状態だった。
そして膝裏を少し押してみたんだ。
ホントに反応ないのかな?とおもって。
そしたら
「イッテェー」
と言ってLeeが大声をあげたんだ。
「あなた何したの?この子に今何したの?」
ママの登場だ。
「あ、なんか膝の裏をゴリンとしちゃったら
痛いって言われちゃってゴ、ゴメンね」
あれ?なんか怒ってないみたい。
「この子、この子今まで脚の感覚が無かった
のよ。痛いって言ったのも初めてだったの」
そういう事だったのか、
感覚神経は徐々に回復しているという事か。
じゃぁ運動神経は生きているのかな?
『Lee、足を動かしてくれ』
「Kenさん、知ってるだろ?無理なんだ。
俺の足は動かないんだよ」
「そうだ。知っている。でも試しにこの膝を
伸ばすようにチカラを入れてくれ。こうやるんだ」
俺は自分の膝を曲げ伸ばしして見せた。
俺は注意深く膝近辺を触った。確かに動かない。
ん?まてよ 直接地肌を見たんだ。
「Lee もう一回だ。もう一回動かしてくれ」
嫌がるLee。家族も見守っているが
何してんだこの日本人はって顔してた。
Leeは力んだ関節は動かない。
しかし俺が見ていたのは皮膚なんだ。
僅かだけど皮膚が動いていたんだ。
つまり関節を動かせるほどのパワーは
無いが完全に運動神経は繋がっている
コトを示していると確信した。
次に俺は大殿筋の収縮も確認した。
『Lee コレなら歩けるようになるかもしれないよ』
家族や友人達はハイハイ勇気づけ
感謝します的な顔していた。
だから思い切って宣言したんだ。
『2ヶ月位で立って少し歩けるようになる』
家族は呆れていたけどLeeだけは眼を輝かせた。
「Kenさん、ドクターも理学療法士も歩けるのは
無理だと言った。歩ける様になると言ったのは
Kenさんだけだ。俺はあんたを信じるよ」
ドクターはじめ理学療法士さんは少なくとも
今年は歩けるワケがない。来年歩けたらいいな
と思っていると言っていたそうだ。
俺はLeeに説明した。
「歩く為にはマズは立てないと
いけない。立って見せてくれ」
コレにはママがストップをかけた。
それを制したのはやはりLee本人だった。
『ゆっくりでいいんだ。俺に
捕まってゆっくり立って見てくれ』
動きの中で腰に痛みが来たがどうにか
俺にしがみつくように立ったLee。
ガクガクブルブルしながらどうにか
俺に掴まり立ちをしているLee。
『分かるか?マズは筋力が回復しないと
立てない。膝を伸ばす筋肉。そしてそれを
安定させる筋肉を付けよう。いいね。
そしてその前に腰の痛みを取っておこう』
俺はKYTを行った。
『腰の痛みはどうだ?』
観客は息を呑んだ。
「痛く、、ない」
とLeeが言うとママや友人は
本当かホントか?とLeeに尋ねた。
「ああ本当だ。痛くない」
こうして1日目の施術が終わった。
その苦労から2ヶ月後の9月のある日、
俺は再びロサンゼルスに戻っていた。
KingMoがサンノゼで大事な格闘技の
試合があり呼ばれたんだ。
優勝すれば大金が稼げるとのコト。
その際にいきなりサンノゼ空港に行けた
けどどうしてもLeeが気になり彼の友人に
連絡を取り俺はLeeに会いに行ったんだ。
「医師も理学療法士もどのメディカルの人達も
歩けたとしても来年になると言ったけど
Kenだけは今年中にしかもあと二ヶ月位で
歩ける様になると言ってくれたよね。
そしてその頃必ず会いにまた来るからと
約束してくれて居たよね」
Leeの元へ向かう車の中でLeeの親友が言った。
『そうだ。そう言ったね!約束したね(^^)
日本人は必ず約束を守るからね。だから来た』
「今Leeはリハビリ専門のジムで
待っているからそこに行こう」
連れてこられたのは麻痺などで
立てなくなった人達がリハビリや
エクササイズに訪れるセンターだった。
月払いで結構な金額なんだと聞いた。
また理学療法士さんは1人居るだけで
あとはタダの知識が少ないセラピストだと
Leeの親友はボヤいていた。
メディカルブックを読みながら、
「えーとじゃあ次のメニューはー。。じゃあコレ」
と本のページを指差しコレやりましょ的な
感じで進められるコトもある。と言った。
Leeは俺を見つけると車イスでやって来て
ブレーキを掛けスッと立ち上がり俺にハグした。
俺は茫然と立ち尽くしてしまった。
2カ月ほど前、寝てしまったら立てなかったLeeが
スムーズに立ち上がって俺にハグしたのだ。
「やぁKen、よく来てくれた!嬉しいよ
疲れてないかい?君に見せたいものがある。
ついて来て」
車イスを置いて歩行器を使って
ギコチないけど歩き歩き出したんだ。
この時点で俺は目頭が熱くなってしまったよ。
歩いてる!
Leeが自分の足で歩いてる。
歩行器を使い、膝にはサポーターを巻いて
いるけど間違いなく足を上げて前進している。
連れてこられたところはリハビリ平行棒だった。
歩行器から離れ平行棒の真ん中に立つLee。
両手は平行棒を握り支えている。
介助なしにココまで出来る
ところを見せたかったんだな。
平行棒を摑まりながら歩くところを
見せられたら俺は涙腺が破壊されるだろう。
しかしそれは違った。
Leeはソレを超えることを俺に見せた。
しっかり握られていた平行棒から片手を離し
バランスを取ると左手もユックリと離したんだ(・・;)
えーっ?マジ〜
そして、そして右足を浮かして前に踏み出した。
一瞬グラついたがバーを掴むことなく
安定させ左足を前にと歩き出したんだ。
恐るおそるだけどでも、
着実に一歩、確実にもう一歩と進んでいる。
涙腺が崩壊する直前
Mr.Leeの言った言葉は
「Kenの言う通りエクササイズを
したら歩けるようになったよ」
だった。
簡単に言うと2カ月前に言ったのは
大殿筋を意識しろとだったんだ。
様々な理由があって、今回ロサンゼルスに
やってこれないんじゃないかなていう
出来事もあったけど、それらを捨ててでも
Leeに会いにコレて良かったと思った。
「医師も理学療法士も今年中に歩けると
言わなかったけどKenだけは可能だと言ったろ?
そして俺は今歩いてる。なぁKen、頼むから
今度は今年中に走れると言ってくれないか?
俺はDr.や理学療法士ではなくKenを信じるよ」
そう言ってMr.Leeは少し疲れた顔したまま笑った。
医師が今年Leeに宣告した余命一年から数えると
彼に残された余命は8カ月を切ってしまっている。
俺はソレを忘れさせるように励ますように
Mr.Leeの肩を叩き大声で笑って心で泣いたんだ。
(2015年の9月12日の日記より)
Mr.Leeの自宅に再び招かれた。
Leeのご両親は俺を見ると
駆け寄って大変に喜んでくれた。
2ヶ月半前、俺はこの両親の前で
彼らの息子の腰痛を取って見せた。
悪性腫瘍の全身転移、更に脊髄近くまで
転移した悪性腫瘍のため手術で
それをギリギリまで切除した。それ以来
下半身は全く動かなくなってしまった。
そんな後の腰痛なんて俺自身も不可能では
ないかなと思ったけどいい成果が出た。
それから腰に痛みは出ていないと言った。
Leeは12月に中国に一旦戻りたい
という希望が出てきたようで
その光を俺に見せてくれと言った。
彼に残された人生は、癌を宣告された時、
医師の言葉通りであればもう8ヶ月ない位だ。
きっと故郷に帰りたいとか、自分の人生を
振り返ってみたい気になったに違いない。
きっと俺も死期が定められたら好きな場所に行き、
人生を振り返って見たい気になると思う。
Leeは歩けるようになったとは言え、
未だ補助器無しに歩けるわけではない。
5分も歩くと息切れする状態だ。
しかし、12月までもう2ヶ月半ある。
希望を見せてしまったからには
どんなことしてでも叶えてやりたい。
今日は幾つかエクササイズの提案を行った。
施術していて気がつくのは所々に凝り固まった
シコリがありそれを丁寧にほぐしていく。
ふくらはぎは萎縮しているが所々で硬結が
見つかった。それを解いていくと
関節可動域が驚くほど広がっていった。
KYTの後、未だ早いかなと思ったけど
自宅にある段差を使って2段のstepを
登らせる訓練をしようと提案した。
家族中が驚きKen、それはちょっと。。。
という目を投げ掛けたけど
LeeはKenが言うならやるよ。と言ったんだ。
確かに早いかも知れない。でも身体は
次のストレスを掛けないと成長しない。
バランス感覚も筋肉の動きも
神経の伝達だって変わるに違いない。
それにLeeは2ヶ月半前とは比べ物にならない
くらい足関節の底背屈が力強くなっていたんだ。
俺は出来ると思った。
更にLeeの目標を考えるとゆっくり
リハビリしていたら12月までに補助器なしで
歩ける様になるなんてとても間に合わない。
中国はアメリカと違ってハンディキャップ
のある人に親切な環境とは言えない。
それならユックリでも歩けるようになった方がいい。
俺はLeeを誘導すると言った。
『無理しなくてもいい、でも12月中国に
帰るコトを考えてエクササイズしよう』
「Kenさん 分かった」
と答えた。
手すりを左手が、右腕は俺がしっかり支えた。
ステップを上がるとき大事なのは
大腿四頭筋と大殿筋のコンビネーション
そして足関節底屈するのが加われば尚いい。
案の定、Leeは頭の中が混乱した様子で
分かっているのにチグハグな動きに
なっていまいバランスを大きく崩した。
シッカリと腕で支え守ったけど一瞬焦った。
家族は心配顔だった。
それでも声掛けとここの筋肉に
フォーカスしてと指で使わせたい筋肉を
刺激するようにすると上手くバランスを
とって段を登ることが出来るようになった。
右足、左足を階段を登るように行わせ
右足左足の順で降ろす。
俺もLeeも汗だくになりながら
このエクササイズに没頭した。
休憩を挟んでLeeは次のステップを欲しがった。
次は段から足をはみ出させ背伸びを繰り返させた。
介助をしながら背伸びさせていたが
神経伝達が上手く行きだしたのか、
わりとスムーズにこの運動を行うことができた。
おれは恐らくそんなに時間が掛からないうちに
Leeは歩けるようになるにちがいない。
と思ってしまった。
相当にLeeは疲れていたけど、
心地いい疲労だと言った。
エクササイズ後、Leeの愛車を洗車しに出かけた。
キモセラピーと言って抗ガン治療の点滴代を作る
ためにLeeは自分の愛車を売る決意をしたのだ。
頑張って貯めて買った夢の愛車
綺麗にして写真を撮って
ネットで売ることになったんだそうだ。
洗車も撮影も付き合った。
寂しそうなLeeが印象的だった。
しかしこのキモセラピーは確実に効いている
様子で転移した癌が小さくなっているのを
確認したとLeeの親友が言ったし2ヶ月半前より
蒼白かった顔色が健康な人のそれに変わっていた。
声もシッカリ出るようになった。
今はステージ4の患者さんに見えない顔色になっていた。
このキモセラピーは確かに効いているようすが伺える。
しかしかなりの高額であり、月に100万円以上する
と聞いて驚いてしまった。この愛車が売れても
数ヶ月でキモセラピー代に消えてしまうな。
晩飯はハンバーガー屋に連れられていった。
歩行器を使って歩くLeeを見て通行人は
かわいそうな人を見る目で道を開けてくれた。
しかし俺達にとってはそれは違う価値観だった。
歩けるようになったLeeはそんな目を気にする様子もなかった。
2ヶ月半前は歩くどころか
立つのもままならなかったLee。
歩行器を使ってノロノロ歩けるなんて
ホントにホントに素晴らしい回復なんだ。
だから、哀れな目で見てくる人達を見て
俺たちはチッともつまらなくなかった。
Leeは確実に今日目標をとらえたし、
それに向かって突き進んでくれるに違いない。
2ヶ月半で12月
その頃彼の寿命はと考えると胸が痛んで仕方がなかった。
それでも死ぬその日まで輝いて生き抜いて欲しいよ。
そう思って別れのハグをして帰ってきた。
(2015年9月14日の日記より)
ロサンゼルスのMr.Leeは1番目の動画の様に
ココまで歩けるようになってしまった。
医師も理学療法士も半年前は歩けるように
なるなど無理だと言った。
慰めのために半年前に言ったのは
「来年には少しなら歩けるかもしれない」
だった。
彼は悪性腫瘍のステージ4であり
2015年の春に余命一年と宣告されている。
腰椎の脇の腫瘍を取ったら全く歩けなく
なってしまった。そして寝たきりになった。
腰が痛くなり、俺は今年の一回目の世界治療
ツアーの際にロサンゼルスに呼ばれた。
誰も歩けるまで回復を期待してなかった。
医師がそう言うからみんなそう思っていた。
俺は確かめてみたかった。そして脚に触れ、
「動かしてくれ」と言った。
動きは出なかった。確かに力はなかったが
筋肉というよりも皮膚が微かに動いた。
動いている。
つまり神経の電気信号はコネクトしていた。
コレなら行けるにちがいない。
彼の身体は動きたいと表現していたんだ。
俺はそこから彼と家族と彼女に指導した。
今年の6月の後半だった。
今年二回目の世界治療ツアーでロサンゼルスに
9月に戻る頃には歩行器を使ってスタスタ歩いて
俺を驚かせた。
そして昨夜送られてきた動画はコレだった。
自分で歩いている。
送られてきた動画を何十回も再生して喜び俺は泣いた。
奇跡だ。
医師達は諦めていたけど俺も彼も諦めてなかった。
感動した。
しかし、それでもLeeに残された人生はあと僅かなんだ。
複雑な心境になりLeeを想いまた泣いてしまった。
(2015年11月27日の日記より)
その後Leeは中国に一時帰国するべく
エクササイズを続けていた
ところが悪性腫瘍が脳に転移してしまい
歩行中にぶっ倒れ、それ以来歩くのを
止めてしまったそうだったんだ。
せっかく歩ける様になっていたのに
全くもって悔しいが残念と言わざるをえない。
ショックだった。歩けなくてもいい。
俺は彼の友人だから。でも脳への転移が痛かった。
あれからどうしているんだろうか?
片時も忘れた事は無い。
ロサンゼルスに先日行ったときは脳の腫瘍を
レーザーで焼くと言う話で会えなかった。
しかし彼が婚約するという話を聞いた。
何度も聞き直した。
彼のガールフレンドは彼が生きているうちに
彼と結婚してあげたいと希望した。
余命あっても数ヶ月だ。
俺がLeeなら気持だけ受け取るだろう。
だってそれは余りにも悲しすぎるじゃないか。
自分はもって数ヶ月の命。彼女に何もして
あげられないなら俺ならば婚約はしない。
でもLeeはそれを選び刹那な幸せを選んだ。
2016年1月の半ば婚約をしたと写真が送られて来た。
2人は幸せそうだった。
俺は2月に執り行われる結婚式に招待された。
通常は婚約から半年期間を置くのだが、
婚約から僅か2週間後に結婚式を行うってのは
恐らく自分の余命を感じているからだろう。
Leeに残された時間はあと僅かだ。
俺がその次にアメリカに渡航するのは7月であり
そこまでの予定はビッチリ固まりつつある。
そしてそれらを含めて考えると俺は今回が
恐らくLeeとは「今生の別れ」だと思っている。
最後にLeeと逢うのは彼の結婚式になる。
俺は彼の想い出を残し俺の人生で生き続ける
ものとする為に最高の一眼レフを買った。
(2016年1月の日記より)
2月に行われた結婚式は特別なものだった。
俺は全ての予定を前後に寄せるとこの為
だけに再びロサンゼルスにやって来たんだ。
友との「今生の別れ」と矛盾する言葉
「結婚式」を祝う席に出席するためだ。
Leeは車椅子で式に登場した。
終始疲れていたけど幸せを得た顔をしていた。
俺はそれを見届けると直ぐに
また世界ツアーに進路を戻したんだ。
アレからLeeと会っていなかったんだ。
ロサンゼルスにも来る事ができなかった。
でもいつも気に掛けていた。
今月ハワイセミナーを終えた俺は
ロサンゼルスにやって来た。
Leeの親友に恐々聴いたんだ。
Leeに逢いたいって。
彼は喜んでくれた。
そして会いにつれていってくれたんだ。
そして両腕に杖をつきながら歩いている
Leeを見つけ驚き抱きしめたよ。
泣いてしまったよ。
彼は再び歩く練習を始めていたんだ。
そんな事より末期ガンで既に1年以上経過
しているのにムシロ回復している様に見えた。
間違いなく回復していた。
抗がん剤は量が減り、髪の毛が生えていた。
そして今日、俺は彼の自宅に再び招かれ
そしてKYTを行い、全身を弛めると
歩行の指導を行ったんだ。
『ココだ!ここを意識して歩いてみろ』
杖をつくときもっとリラックスして付いてみるんだ。
Leeは俺の言うことをいつも信じてくれる。
また一緒にエクササイズをして行こう。
俺は親指を立てそして背中をさすった。
彼は頷きそして笑った。
Leeがいつまで生きられるのかは分からない。
でも、最後の日まで輝いて生き抜いて欲しい
と思ったんだ。
そして彼がいつまで生きれるかなんて
考えるのは何だか無意味な風にも感じている。
誰だって明日無事に生きていられるなんて
保証は出来ないんだからさ。
いつでも誰とでも「今生の別れ」と想って
人と接していこうとLeeから教わった気がしているんだ。
ハワイ大学解剖実習&KYTセミナー in Hawaii
募集開始しました!!
詳細及びお申し込みはこちらから
http://www.ken-yamamoto.com/?p=9395
◆ついにKenYamamoto最新手技が完成しました◆
【KenYamamotoテクニック Level6】
⇒ http://www.ken-yamamoto.com/level6/
■Ken YamamotoテクニックDVD Level1・2
⇒http://www.ken-yamamoto.com/level1-2/index.html
■Ken Yamamotoテクニック DVD Level3
⇒http://ken-yamamoto.com/level3/
■Ken YamamotoテクニックDVD Level4
⇒http://ken-yamamoto.com/level4/index.html
■Ken YamamotoテクニックDVD Level5
⇒http://ken-yamamoto.com/level5/index.html
■原口准教授による正復テクニックによるDVD発売決定!!!
『下肢から診る身体のきのう構造
〜准教授が教える下肢の重要性と痛みの根本原因〜』
⇒http://ken-yamamoto.com/haraguchi/index.html
■Dr.ウエムラ New DVD販売開始!!!『四肢が体幹及び姿勢に及ぼす影響編』
⇒http://ken-yamamoto.com/uemura3/index.html
■Dr.ウエムラDVD【胸椎編】
⇒http://www.ken-yamamoto.com/uemura/
■Dr.ウエムラDVD【腰椎編】
⇒http://www.ken-yamamoto.com/uemura2/index.html
■患者様から支持される続けるプロ治療家の検査方法
⇒http://ken-yamamoto.com/kensahou/