リングサイドの板をバンバン
叩きながら俺は叫んでいた。
昨夜のタイトルマッチで年甲斐もなく
叫び続けたために今日は声の調子が悪いな。
ドバイの世界一高いビルを見上げながら今は一人反省会
俺は出来ることをすべて出せたのだろうか?
答えはないけど、なんだかさっ少し疲れちゃったよ。
頑張れば成果が出る種目とは違い、
この世界一決定戦みたいなクラスになると
皆が全力で頑張った中で一番を決めるわけだから
美談を語れるのは勝者一人のみになる。
格闘技は殴り合いなんだけど、
このタイトルマッチ級になると将棋をさすのと似ていて、
イカに対戦相手の攻撃を読むかにかかっている。
相手の得意なものを研究し尽くしてこう来るはずだ。
と次の一手を読む方法もあるし
相手の得意なものを無視して自分の得意なモノで
対戦相手をどう封じ込めるか。
という作戦だってもちろんある。
単に力対力ではない。
今回の場合はというと鈴木選手のミスで、
なし崩しで一気に負けてしまった。
対戦相手のタックルが変則的だったために
通常タックルを右膝で合わせるはずだったものが
ナゼか左膝を当てにいっている。

この写真でも分かる通り
体重ベクトルは後方を向いており
この膝蹴りが決まっていても
相手を吹っ飛ばすことはできない。
このとき必要だったのは右膝での蹴りであり、
鈴木選手の体重ベクトルは前のめりの
前方を向いていないといけなかった。
このミスのために一気に相手の
ワンサイドゲームで終わってしまったんだけど
鈴木選手は試合直前まで様々な怪我をしてきた。
三週間前の追い込み期間、
練習中肩からマットに落とされ
首は痛みで動かなくなり
右肩が上がらなくなってしまったんだ。
挙げ始めから肩に痛みが走り、
彼は翌日直ぐに来院した。
骨盤と股関節のハマりを正すと
肩は挙がるようになった。
あの時のケアが成功していなかったり
間違っていたら大変なコトになっていた。
俺は治療した次の日から海外出張で
あったためその後ケアできないでいたが
かばいながらもどうにか練習できていたようだ。
「もしも、この首と肩が治らなかった
としても片岡会長と別の作戦を立てますよ」
治療の前に言った言葉が印象的だった。
タイトルマッチを組まれた責任に
怪我をして万全ではないという理由での
試合の延期を匂わす発言はなかった。
手が上がらなくても別の闘い方を考えます。
というのだ。
この漢はまるで武士だ。
ハードな練習を再開した彼は時折
肩の痛みを感じると連絡してきた。
俺は全力で彼のケアを考え
バンコクからドバイに飛んだ。
毎日ケアにあたり肩も首も回復した。
念のために試合直前まで伸縮性のテーピングを
上部胸椎と右肩に貼っておいた。
テーピングはとても便利だ。
痛みが完全になくなった時でもテープを貼っていると
その部位を気遣い大事に動かすでしょ。
だから俺はこの二箇所にわざわざテープを貼ったんだ。
試合会場の選手控え室で試合直前、
ブツブツ鈴木選手が言い出した。
それは
「リスクの覚悟と決断 リスクの覚悟と決断 リスクの覚悟と決断」
と言っていた。
最後に
「無様な試合をするくらいなら死んで来ます」
と言った。
格闘技はスポーツなんかじゃない。
死ぬか生きてベルトを持って帰るかその時の
彼の選択肢は二つに一つしか選択肢はなかった。
試合が開始し元オリンピックレスリングアメリカ
代表の対戦相手ベンアスクレンが突進してくる。
それは少し変則的に見えた。
一歩引いて様子をみようかと思った鈴木は下がった。
フェイントタックルではなく本気のタックルだった。
想定外に圧力があった。
シナリオ通り右膝を合わせることが出来ず
左膝を突き上げたがカラダが後方へ向いていたため
そのまま対戦相手の顔面を吹き飛ばすまで至らず
テイクダウンされる鈴木。
(俺にはこんな風に見えたという話です)
「ココで終わるな!立ち上がれ!!」
俺に出来ることはそう叫ぶことしかできなかった。
1m先で猛攻を受ける鈴木選手を
ただただ応援するしか出来なかった。
カメ状態で動かなくなった鈴木選手を見て
レフリーが試合を止めた。
泣けて泣けて仕方がなかった。
意識朦朧としている鈴木選手を片岡会長と抱え起こした。
レフリーがリング中央でベンアスクレンの腕を
挙げるとき鈴木選手は倒れそうになっていた。
思わず手を差し出し支えた。
試合後鈴木選手はベンアスクレンの
控え室を訪れて握手していた。
試合が終わればノーサイドだ。
試合会場を後にするとき
暗い雰囲気を脱しようと俺が言った。
「また、、また1からやり直しですね。
取り返しましょうよベルトを」
「……そうですね。これじゃあ終われませんよ…
はぁ、また1からやり直しかぁ。
一体何回やり直したら終わるんだろうか」
そう言って静かに笑った。
闘志はまだ消えておらず既にグツグツ始まっている。
念のために試合後病院で検査を受けることになった
鈴木選手を救急車まで送り届けホテルに戻った。
俺はというと昨夜悔しくて遅くまで寝れなかった。
そして今
世界一高いドバイのカリフタワーを
見上げながら少し人生を振り返っているんだ。

一番を決める世界は疲れる。
他人と比べ競わなければいけないからね。勝つために。
ライバルとか対戦相手とかって思うと敵になり
何故か憎しみにも似た感情を持たなければならなくなる。
競技になってしまうとそう言ったことが起きがちだよね。
俺はどこの住人かと言えば誰とも競い合わない。
誰も憎みたくない。
そして向き合うのは他人ではなく自分だ。
患者様を治せないのは自分のせいだし、
医学的知識が足りないだとか
勉強に対する怠慢だったとかだし、
まぁいずれにせよストレスは溜まるもんだな。
そんなこと考えて少し疲れちゃった。
少し休んで、また研究を再開します。
試合で勝っていたらドバイが違う色に見えただろうに
今回のドバイは何というか不完全燃焼であり
次に訪れる時はもっとキラキラしている色に見えるといいな。

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