遠に鍵など
かけなくなった匣

むしろ たまに覗いて
笑ってさえもいて


語り種と化した感さえある
匣の中身

溢れてくるモノたちを
笑い飛ばすまでの時が過ぎても
なお…いや だからこそ?
奥底で凝り固まった
『サイゴニ遺ッタモノ』



それは『希望』などではなく





NO WORDS,NO TIME
~空に落ちた涙~ は
私にとって
そ~ゆ~舞台だった




普段は考えないようにしている
諸々のこと

それが よいことなのか
よくないことなのかなんて
どうでもいい

だって じゃなきゃ
一歩も前に進めない

『前に進まない』

『歩みを止める』

それがよくないことなのだけは
わかっているから








ストーリーに 感情がシンクロして
ちゃんと『見て』いたのか
あんまり自信ないのが
残念だった
初めての『生たぐち』くんはね


綺麗 だった
とっても

『生』とは思えないくらい
現実感なかったよ汗


だからかな?
みんなが(友達や、
よくブログ等で言われている)
『生の田口ハンパない!!』とか
『生のほうがずっといい!!
とかが 分からなかった汗

だって私がいつも見ている彼も
いつだってあれくらい
綺麗だし かっこいいもん


常々思っていること

『同じ物質で出来ているとは
とても思えない』

有機質で出来てるとは
思えない

きらきらで
透き通ってて
でも その耀きに硬さは ない

ムリヤリ例えるなら
バカラじゃなく硝子



踊っている時の彼は
まるで 体重感じない
重力から解き放たれてる

そんな風に見える時も
多々あって

(……月の妖精?)
とか思った
←云ってて自分が
痛々しい汗
が、大まじ得意げ


いつも、そんな風に
思っているひとが

当たり前だけど
ほんとに『いる』んだな~
と 実感した時


このひとに匣を預けて
私は生きていけてるんだな~
と そう実感した時


心臓ぎゅっとして
動けないくらいで…


1人じゃなかったら
多分泣いてた
なんか よくわからんけど

『ありがたや~』って
ことか?(笑)



まあでもこれらは全部
造形というか
みてくれのハナシであって

彼の魅力の
その ほんの一部 だから得意げ




初めての舞台のソロ仕事が
この舞台でよかったと
本当に思った


すっぴんに見えるナチュラルメイクが
実は全然ナチュラルじゃない、
どんだけ『自然』にみえるよう
手をかけているか
みたいにさ

流れるような動きが、いかに
あちこちの筋肉を
意識して動かしてるか

舞台の東山さんをみて
感じました


同じ舞台に立てたこと

彼にとって、ものすごく
貴重な経験になったよね



『台詞に頼らない芝居』
そんな経験が出来たことも
←ここ、重要!!





違う意味だけど
私にとっても今回の舞台は
貴重な経験でした


これからも
さらにさらに
おっきくなってゆく

そんな彼の『第一歩』に
わずかな回数ながら
立ち会えたこと
とても嬉しかったです



高く舞い上がれ!!!!





……ってか
ほんっと~に、まじで
いつか 空翔びそうな
気がするんだけど 彼汗