夜明けのひかり 久しぶりの更新です~

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<あらすじ>

過去のある事件がきっかけで、複雑な恋愛感情を抱いている黒木と優奈。ある夜、仕事帰りに黒木は偶然、優奈のピンチを救うことになる。家まで送るという黒木。優奈は・・・・・・。


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夜明けのひかり(14)


 タクシーのドアが閉まると、黒木は手短に運転手に行き先を告げた。車はゆっくりと夜の闇に向けて走り出す。優奈は、ぼんやりとその声を聞いていた。
 黒木に腕を引かれてホテルの玄関に着いたとき、気づいたら前島はいなくなっていた。その代わりに、黒木の同僚だろうか、臥体の良い、若いスーツ姿の男性が困惑したような、焦っているような、なんとも表現しがたい顔をして、黒木の後ろに立っているのが見えた。タクシーのドアに手をかけながら、黒木が振り返った。
 「悪いが杉田、例の店にはお前一人で行ってくれ。周子・・・・・・店のママには私から電話をしておく」
 「あっ・・・・・・は、はい!あの・・・・・・」
 「では、また月曜に。周子に宜しく」
 「あ、い、いえ・・・・・・お、お気をつけて、というか、いや、あの・・・・・・」
 優奈の頭の上で、二人のやりとりが聞こえた。杉田、と呼ばれた男性は、困惑したように言葉を紡いでいたが、黒木は特にとりあう気配はなかった。まだ何か話したそうな杉田に、じゃあ、と軽く挨拶をすると、黒木はやんわりと優奈の体を押し、タクシーに乗り込ませた。黒木が乗るとドアが閉まり、車は静かに、夜の街に向けて走りだしたのだった。
 優奈は窓の外を流れる景色を見ていた。街灯のオレンジ色の明かりがぼんやりと過ぎていく。次々に流れる灯の上に、自分の顔が透明に映っていた。黒木は何も言わない。優奈は、自分が本当にここにいるのか、もしかしたら夢なのか、分からなくなってきた。先程まで・・・・・・自分は、前島の腕の中にいた。その前には、リカ達と一緒だったはずだ。そして、その前には・・・・・・部屋に居て・・・・・・黒木のことを、考えていた。ううん、部屋を出てからも、ずっと、前島に抱き寄せられたときだって、ずっと、黒木のことを考えていたのだった。その本人と、今、自分がこうして同じ空間にいるなんて、とても信じられなかった。優奈は、窓からゆっくりと視線を落とした。そして、黒木に気付かれないように願いつつ、ちら、と黒木の様子を伺った。黒木は、全くいつもと変わらない落ち着いた様子で、窓外を見つめていた。優奈は、少しほっとして、けれど、少しがっかりしたようななんとも言えない気持ちで

、ゆっくりと視線を窓に戻した。窓の向こうの家々は、仄かな都会の灯りの中、静かに眠りについているように見えた。
 「・・・・・・次の交差点を右に」
 「はい」
 黒木が運転手に声をかけた。車はゆっくりと右折する。見慣れた道。もう少しで、アパートに着いてしまう。胸の、鼓動が早くなるのを感じた。黒木に・・・・・・なんと声をかけたら良いのか分からなかった。それに、自分も、どうしたいのか分からない。ううん、本当は分かっていた。わたしは・・・・・・。
 「優奈、着いたぞ」
 黒木の声にはっと顔を上げた。気付いたらタクシーはもう路肩に止まっていた。ドアが開き、夜の新鮮な空気が流れ込んでくる。黒木は先に車を降りてドアに手をかけていた。優奈が腰をずらしながらちら、とメーターを見ると、メーターは止まっていない。黒木はこのままどこかへ・・・・・・先程言っていた周子、という人のお店か、家へ帰るのだろうか。優奈は胸がズキンと痛むのを感じた。そっと、胸に手を当てる。苦しい。とても。うな垂れたまま、車を降りた。夜の風が、とても冷たく感じた。顔を上げられない。うな垂れている自分をどう思ったのだろうか、黒木は静かに言った。
 「・・・・・・優奈、大丈夫か?家まで送るから、心配しないでいい」
 タクシーの運転手に声をかけ、黒木は横に立って歩き出した。タクシーはそのまま止まっている。優奈は重い足取りで黒木のあとに着いていった。二人の靴の音が、乾いた夜の階段に響く。誰も、何も言わなかった。黒木も、優奈も。階段を上りきって通路をいくらか歩くと、カツ、と黒木の足音が止まった。優奈の部屋の前だった。優奈は静かに部屋の前に立った。うつむいたまま。
 「・・・・・・ここまで来れば大丈夫だな?優奈」
 黒木の声に、こくん、とうなづく。何か言いたいのに、どうしても言葉が出てこなかった。ふと、空気が揺れるような感じがして、思わずびくりとすると、ぽんぽん、と頭の上に大きな手が置かれた。優奈の肩までの髪がサラサラと揺れた。
 「・・・・・・ゆっくり休みなさい。とても、疲れているみたいだから」
 黒木の声が頭の上から降ってくる。優奈の胸をざわつかせる、優しい声が。黒木は優奈の頭を撫でていた手を下ろすと、小さくじゃあ、と言って踵を返した。優奈は、自分でも無意識に腕を伸ばしていた。
 「・・・・・・ゆう・・・・・・?」
 黒木が少し驚いたような声を出した。硬い靴音が止まった。指先に、しっかりした布の感触。黒木の、上着の裾をつかんでいた。黒木がゆっくりと振り向くのを感じた。黒木はどう思っているのだろう。もしかして、嫌がる?困る?あっさりと断るかもしれない。でも。
 「・・・・・・に、いて」
 「え?」
 黒木の困惑したような声が聞こえた。でも、言わずにはいられなかった。胸をついて、言葉が出てくる。
 「一緒に、いて、兄ちゃん。帰らないで」
 「・・・・・・」
 やっぱり、顔を上げられなかった。黒木は何も言わなかった。暫しの沈黙。それが、とても、とても長く感じられた。やっぱり、言わなければ良かった・・・と思い始めたとき、黒木が静かに言った。
 「・・・・・・入って待っていなさい。車を帰してくるから」
 上着をつかんでいる優奈の指をそっと外すと、黒木の足音が、階下へ向けて遠ざかっていった。


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