先月の半ば、
母からの電話…

「おばあちゃん、重度の肺炎にかかってやばいかも」

翌日、三重に帰って
会いに行ってきた。


ずっと一緒に暮らしてて
認知症が悪化してきた
3~4年前からは老人ホームで
お世話になってたおばあちゃん。

久しぶりに会ったおばあちゃんは、
口から食べ物を食べることもできなくなり
足から点滴、鼻から酸素を送っていた。

無呼吸混じりの呼吸も苦しそう。

一泊して大阪に戻る日、
父の病院の検査結果で
最も良性に近い悪性の癌が見つかり
手術することが決まった。

北岡家が大変な時。

姉は教師、妹には家庭がある。

娘三人の中で最も自由に
自分の時間を作れるのが私。

一旦、大阪に戻り、
お店のシフトも組み直し、
信頼できるビジネスパートナーと
優秀なスタッフたちにお店を任せ、
9月末から10月4日までまた
実家に帰ることにした。

三重にいる間は毎日、
おばあちゃんに会いに行った。

それぐらいのことしか、
できなかった。

寝てる日もあったけど
おばあちゃんに、
「まいやよ、分かる?」
「こっち見れる?」と問いかけると
こっちを見て「まい」と言ってくれた。

それだけでも嬉しかった。

シフトの人数が少なかったこと、
のりの結婚式に参加する為に
4日大阪へ戻ってきた。

5日の夜、仕事を終え自宅に帰り
お風呂に入って寝ようとしていた
6日早朝5時、父からの電話…

電話が鳴り父からと分かり、
電話に、出るのが怖かった。

「おばあちゃん、やばいって施設から電話があったから準備しててくれ」

静かに早く用意を済ませ、
三重に向かった。

5時半、もう一度父からの電話…

「亡くなった。俺が行った時はまだ温かかった。寝てないと思うから気を付けて帰って来いよ。」

涙が溢れた。

帰り道、おばあちゃんが元気だった頃の
いろんな姿を思い出した。

私はいい孫じゃなかったなぁ。

また涙が溢れた。

おばあちゃんが亡くなった朝の空は
とっても綺麗だった。

思い出の空。


91歳のおばあちゃんの尊い命。

おばあちゃんの命がまた私に
沢山のことを教えてくれた。

また家族の絆が深まり、
家族の大切さを更に学んだ。

おばあちゃん、ありがとう。

おばあちゃんと一緒に撮った
最後の写真。


大阪から駆けつけてくれたOW、
きーちゃん、坪ちゃん、みさちゃん、
浩二、ありがとう。

わざわざお花も
本当にありがとうございました。

感謝します。

月末には延期された父の手術が
待っています。

手術をすればすぐ良くなると聞いてるので
きっと大丈夫です。

しばらくゆっくり
自分の人生設計を見直しながら
しっかり家族を支えようと思います。


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