2020.03.14. あきらめさせない。 | 店長の「それから。これから。」

店長の「それから。これから。」

あれからの、続きの続きをぼちぼちお届けしてゆきます

こんばんは。末吉です。

今週は20度を超える日があったと思ったら今日は一転真冬の寒さで、今シーズン初めて私は、日中地元で本格的に雪が舞っているのを見ました。ずいぶんとめずらしいものを見たという感覚があって、それがまた不思議でした。振り返れば9年前の3.11もえらく寒くて、翌日東北の一帯は雪が舞っていて。

 

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昨日の私。久しぶりに御徒町の工場へ顔を出してきました。そしたら職人があいにく不在で、同じスペースを使っている別の職人に行き先を尋ねると、わからない。と。いつもだったら食事とか、ちょっとお客さんのところへ納品だとかまぁそんな感じで、しばらく待っていれば戻ってくるのだけど、1時間たっても帰ってこない。なんとなく、おかしいなと思って電話をかけたら、電話にも出ないんですよね。そんな人じゃないよな、なんかあったかな。どんな時も電話だけは必ず出る人なんですよ。私の知る限り。

 

 

ちなみに昨日は本当に暖かくて、これだけで寒さをしのげました。

 

tops: ZUCCa

bottoms: TOMORROWLAND

shoes: camper

bag: イスタンブールで。

jewelry: QueensMarkTokyo.

 

 

装着している超ロングピアスは、以前リフォームの記事を綴ったと思うんですけど、そのネックレスの残りのチェーン(上部)をアレンジして製作しました。方法は、K18製のキャップと釣り針式のフックを別途用いて、そこに5本のボールチェーンをレーザーでバランスよくロー付して直結して完成させます。と、書くのは簡単なんですが作業はけっこう難しい。キャップ内側の狭い部分に5本ものチェーンを“バランスよく”レーザーを使ってロー付するって、まったく簡単じゃないんです。長年の勘と確かな技量があってこそやれる技術。わたしは、あくまでそのアイデアやイメージを伝える側で、やるのは職人。だから、どっちかだけでは成り立たないんです。どっちも、いるんですよ。「モノ」が、出来上がるには。

 

私がアイデアを伝えて職人に材料を渡したのが3月のアタマで、2週間くらいあれば、と言われたのでそれで昨日、行ってきたんですね。そういや渡した日の帰り際、2週間後の今日、いつも通りだといいね、なんて言って別れたんだったっけな。

 

あまりに職人が帰ってこないから、そんな私を思ってか僕が電話してみますよ、とある人が電話をかけてくれて、やっぱり出ないね~、おかしいね~、なんて言ってたらようやくつながったのが、2時間位したときだったかなぁ。もうすぐ戻ります、とだけ言って切れて、で、しばらくして無事に戻ってきたからホッとしたんだけど

 

スーツ着てて。いつもは作業着なのに、今日の雪じゃないけどそれがホントにめずらしかったから、思わずどうしたの?と尋ねたんですね。そしたら、いつものように笑ってはぐらかすんですよ。ちょっとね、なんて言って。いやいや、ちょっとね、って。でも私、そのとき気付けなくて。「息子さんの卒業式?いやいやそんなわけないか!」なーんて、一緒に笑って、それ以上のこと、訊かなかったんですよ。ほんとに、大したことない、ちょっとね、なんだろうなって。

 

でも、それから最近のいろんな話をして、じゃぁね、また来週ね、香港から荷物が届いたら、出す仕事たくさんあるからね!って告げて工場を出て駅まで歩いているとき あ わかった 銀行か区役所だ

 

バカだな。なんで気付いてやれなかったんだろう。それが昨日の晩から今に至るまでずっと引っかかってて。だから月曜、とりあえず行ってこようと。そんで、それが私の思い過ごしで、必要がなければ帰るし、必要があれば全力で手伝おうと。

 

お金を貸すんじゃないです。そもそも私は他人にお金を貸せるほど余裕のある人間ではない。でも、そのための知恵はたぶんそこそこ、持っている。たったひとりで、過去一年にさかのぼって慣れない試算表を作ったり売上の落ち込みを証明するための書類を作成するのは大変だ。でも、それらを揃えなければ、それらをすべて揃えて初めて、正しい利率の正しい融資が、正しい場所(金融機関)で受けられる。これが真実。

 

挫折しちゃうんですよ。高齢だったり顧問の税理士を常時において雇ってなかったりすると、なおさら。私の職人はそのどちらにも当てはまるので、だから、もし必要があれば助けたいと思ったんです。私が今、やれることはそんなことしかないけれど、でも、それならやれる、力になれると。

 

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ヒトが止まり経済が止まっても、毎月の支払は決して止まらない。だから、この今を乗り切るための借り入れというのは事業存続のために不可避。でも、そのハードルは実はけっこう高かったりして、表向きはスピーディーに、と言ってるけれど、口座開設くらいの取引しかない金融機関に相談に行ったところで「ハイどうぞ」とはなかなか、ならないような気がするんですよね。書類提出→稟議→ようやく、を待ってる間に倒れてしまったりあきらめてしまったり、そんな事が起きてはいけない、少なくとも、私の職人がそれに該当しては。

 

私は1995年から2015年まで約20年、御徒町でジュエリー業の経理と経営をやってきました。その間、本当にいろんなことがありました。ずいぶん前の話になるけれど、まだ父が社長だった時、取引先が倒産して一度に億単位の不渡り手形をくらっていよいよウチもダメかとなった時、地元の信金が傘をさしてくれて、正しい知恵を授けてくれて、それがなかったらきっと今の私もないと今も思うんですよね。どうやってあの時の苦境を乗り越え、そのために何が必要だったか。どう動いたらいいか。

 

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今回の事態は、過去の事例と一緒じゃないと思ってます。どんな不況下でも、経済とヒトは決して止まってはいなかった。生存と生活はイコールじゃない。ウィルスに耐えて、たとえ生きながらえても、ヒマラヤ部族のような生活を送らない限り、経済が止まっては、現代人が現代的な場所において心穏やかな生活を送ることは難しい。責任論や感情論は今においてはあとでいい、むしろいらない。いま必要なのは正しい知恵と正しい行動と、そして冷静であれること。そんなわけで月曜、あくまで冷静に職人の状況を知ってこようと思います。そして、必要があれば。それではまた。