2019.10.15. ヒトは神じゃない | 店長の「それから。これから。」

店長の「それから。これから。」

あれからの、続きの続きをぼちぼちお届けしてゆきます

 

ずいぶん前の話になるのだけれど

そして、いつか同じことを綴ったことがあるかもしれないのだけれど

 

 

2002年の夏、父親の胆管に癌が見つかって、2週間後に手術をしたのだけれど、術後の経過がちょっと いやだいぶ順調じゃなかったんですね。

 

傷口がいつまでたっても膿んでいて、高熱もなかなか下がらない。手術そのものは順調で、13時間強かかったものの、失敗か成功かと問われたら「やれる限りのことはつくし、判明した限りの患部はすべて取り切りました」 つまり成功ということなんだけれど、その後がとてつもなくよろしくないのです。父を見守る我々の心境としては、「なぜ」「なぜに父は快方に向かわないのだ」「手術は成功したんじゃないのか?」

 

結論から言うと、そのさらに数週間ののち父の容体は快方に向かい(ただ結局半年後に肝臓への転移が見つかって翌年の9月に命を落とすことになるのだけれど)、それでも手術から4週間後には無事退院することが叶って、いっときはゴルフコースを回れるくらいまで体力も戻ったんですね。

 

話を戻します。で、その術後の容体が著しく芳しくなかったとき、母はこのまま父が死んでしまうのではないかと危惧をして、それで、聞くのが怖いからアキコ、主治医に聞いてきてちょうだい、と。

 

すると執刀医は私にこう言いました。「お父様の容体が回復する可能性は90%です」

 

なんだ、なら大丈夫じゃないか!

「先生、我々は気が動転して、今の父を見ていたらこのまま死んじゃうんじゃないかって心配で心配で、それで訊ねた次第なんですが、90%とお聞きして安心しました。母にもそう伝えます。」

 

すると執刀医は続けて言いました。「いやアキコさん、医者の示す90%というのは決して安心できる数字ではありません」

 

「僕は、お父さまが今もし軽い盲腸の手術をして同じ状態になっているとすれば、回復の確率を99%と答えます。90%、というのは、悪い言い方をすると、10人にひとりはダメだということです。このことは理解、できますか?」

 

・・・。

 

「つまり、90%というのは、あらゆる可能性を視野に入れて考える必要がある数字だということです。ただし、過去のデータ、経験からして、僕としては、明るい可能性のほうがかなり高いとみています。でも、しつこいようですが、決して楽観できる数字ではないんですよ、医者の言う90%というのは。」

 

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もうかれこれ17年も前の会話だというのに、いまだに一言一句思い出せるほどその時の話は衝撃的で、そして、現在までありとあらゆる推測、決断、心の置き方などを考えるとき、冷静に役立てている自分がいたりします。

 

今回、台風19号が過去最強クラスだということだったので、私はあらゆる「サイアク」を想定し、そして、あくまで事前に回避し得ることに関しては、その対策を取りました。ただし結果的にそれらが過剰なのか過少なのかは、なってみなければわからないんですよね。そこが、先に綴った可能性の話とつながるのだけれど

 

100%なんて、ないんです。AIでない限り。ヒトが導き出す可能性というものに絶対値などというものはほぼほぼ存在しないのだと、わたしは17年前におそらく、そこそこ正しく理解をしました。ヒトは、その可能性に基づいてやれる限りのことをすることが大切なのであって、結果というものは、結果だけが知ってるのだから、良くも悪くも、決して予見というものが絶対だと誤解してはならないと。

 

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今回の台風について、あくまで「わたしの暮らす地域(千葉県北西部)」に限る話をすると、確かにすさまじく恐ろしい嵐であったことに違いはないのですが、それ以上に昨年の台風24号のほうがよりすさまじい暴風と暴雨で、何個か前のブログに画像を掲載した通り、さらに不幸してピンポイントの竜巻めいた突風が私のマンション付近を通過したもんで、最上部の屋根(といっても屋根をさらに覆う的なモノ)が鉄のフェンスと一緒に吹き飛んだんですね。正直これは想定外でした。私の頭の中にある「あらゆる可能性」には、当時入っていなかったです。

 

ただ、そこでひとつインプットされたもんで、先月の15号そして今回の19号においては、仮に非常に強い勢力を保ったまま上陸をすれば、わたしのマンションは昨年同様屋根部分が飛び、実家はサイアク青空教室化するかもしれないとまで想定した、ということになります。ま、ぶっちゃけそれ以上のことを想定していたよね、例えば仮に道路を隔てて立っている電柱たちが倒れたとしたらどの向きに倒れるかな、南風だとしたらきっとこうかな、とか。

 

あとは、最大瞬間風速60m、というキーワードがとにかくどこを見ても何を見ても歩き回っていたので、その可能性がある以上、仮になったとしたら何が考えられる?と頭をめぐらせたとき、インフラと物流が止まるだろうと。 実家も自宅も、地形的に浸水に関しては危惧しなくてよい立地にあるので、そこに関しては準備も心構えもなかったのだけれど、仮に東京湾で高潮が発生したらおそらく都心部がやられてしまうから、そうなったらモノがしばらくこっちに来なくなるだろうね、じゃあ食料と水は一定量確保しよう、そして、風速60mなんていう暴風がもしピンポイントで我々の地域に吹いたら、さすがにコンクリートのマンションは吹き飛ばされないにしても実家は持ちこたえられないかもしれないから、そうなったときのことも念頭に入れておこう、、

 

と、まぁそんな感じでその日、その時を迎えました。

 

ちょうどピンポイントで上空を通過したのが22時ちょうどくらいたったらしいです。夕方から吹き荒れていた恐ろしいまでの暴風がパタリと不気味なくらいにやみ、そこからは次第に穏やかになっていきました。それでも、やっぱり風速60mとか、史上最強クラスとか、最悪の進路という強烈なワードはヒトの感情を大きく揺さぶるもので、まだまだあるんじゃないか、これで終わりではないだろうと、気の抜けぬ一夜を過ごした、というのが回想になります。

 

そして、夜が明けて各地の甚大な被害を知ることとなるのだけれど、こればかりは、どうにもならないことが起きてしまったと、どんなに賢明に考えても、備えても、時にヒトは無力だと、そう思わざるを得なかったです。自業自得とか江戸時代はこんなとこだったとか、コトがなかった人間はいったい何を言ってるのだ?それを今言ってなにか好転でもするというのか、、たまたま、幸いにして無事だっただけじゃないか。仮にもうほんの少しだけ西に上陸して本当にとてつもない高潮が起きていたら。 仮に非常に強い勢力のまま上陸して本当に風速60mの暴風が都心を直撃し、さらには24時間雨量が500mmを超えるほどの豪雨が荒川や江戸川の下流部においても降り続いたとしたら。 全然大げさじゃない、今回はそのすべての可能性が、そこそこ高い確率において確かに存在していたんだぞ?

 

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気象庁は予報円や予測について何度も「70%の確度」と言っていました。風なのか、雨なのか、警報は過剰なのか、それとも過少なのか。ヒトは7割までは概ね推測できるが、残りの3割には、ありとあらゆる可能性がある、だから、最終的には、自らが判断して正しい行動を取ってくださいねって、

 

その言葉の裏にあるものをしっかりと読もう、読まねばと意識するようになったのは、17年前のあれなんだと思うんです。医学も化学も科学も気象学も、その確率、可能性というものは、決して絶対値とはならないんだ。たとえば明日が晴れるかそうでないかくらいのレベルだったら、それは父で言う盲腸だった場合の予後と同じで高確率での推測が可能なのかもしれないが、台風の進路、特徴、被害の推測、といったものは、そんなに簡単なものじゃない。 だから、何が言いたいかって、だれのせいにもしたくない。仮に無事だったとしたら、たまたま幸いにして。無事じゃなかったとしたら、時に人は無力。どれだけ尽くしたとしても。

 

結果を分析することは大切だけれど、なぜとか、どうして、などと討論するのは少なくとも今じゃないし、ほれみろなんてますますいらない。たまたま、幸いにも無事だった人間がやれること、考えられること。それだって、そこに絶対値などないのだけれど、どんなに知識をつんだってどんなにマナーを守ったって、ヒトは完璧にはなれないのだとしたら、日々補い合って、支えあっていくことこそが最も賢明で最善な道なのだろうと、私は思うのです。

 

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以上、今宵も何ともまとまらない内容を綴ってしまいました。こんなイチ個人が、ここで何を綴ったところでどうなるわけでもないのだけれど、私は今回都心部にそこまでの難がなかったのは、そこに多少の知恵や経験が伴っていたとしても、確度7割の絶望的な予測がたまたま、結果的にそのようにならなかった というだけだと思っています。どこに住んでいたからよかったなんて、もうそんなこと言い切れる場所などどこにもないかもしれない、過剰なまでの危惧や心配は心身に毒なのでしないけれど、少なくとも、私自身を含めヒトが導き出すものに絶対はないのだということをあらためて思い返しつつ、自分はヒトである以上、せめて心を寄せあえる人間でありたいと思いました。神でなくても。