こんにちは。
前回もたくさんの方に反応頂きありがとうございました✨
コメントもよかったらどうぞ😄
さて、今日はまた30度超えの夏☀️
暑かったり、涼しかったり、はざまの季節ですね。
今日で『お彼岸』が終わりですね。
秋分も過ぎて年末、来年が近づいてくる感じ。
彼岸やお盆って日本仏教にしかないもので、そもそものお釈迦様のインド仏教にはないものです。
回忌法要も日本仏教独特のものです。
お釈迦様の教えちゃうんだから、もう仏教かどうかもわからない・・・・💦💦
我が家は浄土真宗ですが、住職曰く『亡くなられたら即、仏様となられます』と言われます。
だったら、初七日とか、四十九日法要とかいらないね?ってなるけど、法要しますか?みたいな通知は来る。
この宗派は死んだらすぐ仏様になるんちゃうんかい!!っていう矛盾。
ちなみに『彼岸』って三途の川のあちら側って意味じゃないようです。
ウィキペディアによりますと、煩悩の川の向こう側、つまり悟りを得るみたいな意味みたいです。
それと日本に元々あった自然崇拝の『日願』春分、秋分に太陽を拝むというのが混ざり合って、なんとなく先祖供養する時みたいな感じになって今に残っているらしいです。
というわけで、厳密に言うと、お彼岸だからといって何かすることは特にない・・・・😅💦
お盆も先祖靈が家にお帰りになる時みたいになってるけど、それ以外の日はこの世に先祖靈は来られないのでしょうか?
戒名も本当に必要なんでしょうか?1文字5万円なんてお寺もあるようですが・・・・・
あちらの世界での名前って・・・・・ご先祖様を戒名で呼ぶ人いる?
だいたい生前の名前か、お父さんとかおばあちゃんとか、生前の呼び方で呼びません?
仏教に限りませんが、これ宗教じゃなかったら『詐欺』!?と言われてもしょうがないような、霊感商法なんでしょう。
良く言えば、営業活動。
経営をしていかなきゃいけませんから、いろんな行事やアイテムを作ったんでしょうね。
先祖供養の日があるのはいいと思いますけどね。
そうじゃないとお墓に全く行かないなんてことになるでしょうから💦
そもそもお墓っているのか?って問題もありますけど。
そういうなんとなく刷り込まれてきたことも、本当に必要なのか?いらないのか?っていうのを整理する時になっていくんでしょうねぇ~。
目に見えないことシリーズの最初に人の本体(本質)は靈体です。と書きました。
死とは、肉体から靈体が離れた状態。
ということは、靈体だけの存在となったからと言って生きている時と本質は変わりません。
もっとわかりやすく言うと、死んでも『性格』は変わりません。
あなたの性格は、前世、前々世、前々々世・・・・・・・・ずっとその性格です。
来世も来々世も・・・・・ずっと未来世もおそらくその性格です😄
いろんな経験をすることで少しは変わっていくかもしれませんが、大きくはそのままです。
自分で改善しよう!!と強く思って改善しない限り死んでも変わりません。
死んだら楽になる。リセットしてまた生まれ変わればいいと思っているなら大間違い。
生まれ変わってもその性格なら、また似たような壁にぶち当たるでしょう。
だったら、今の人生を生き切って、ちょっとでも進んだところから次始めた方がいい。
ツラかったら逃げたっていい。
立ち止まったっていい。
でも、絶対自分で死ぬな!!
死んだって何も変わらない。
あの世は時間のない世界です。
変わろうと思ったら一瞬で変われる。
だけど、そう思えなければ永遠に負の念にとらわれたまま。
この世のように時間が解決してくれるなんてことがない。
だから、自分で命を絶ったら、その時のツラい想いが永遠に続いちゃうんだよ。
自分でこれじゃダメだ!!こんなの嫌だ!!ってなるまではずっと。
それこそが『地獄』と言われる世界なんじゃない?
あくまで1つの説に過ぎませんので、信じるか信じないかはあなた次第です。の世界ですけど。
夏休み明けの9月…嫌だよねぇ~。もうすぐ10月だけど・・・・😅💦
これから日が短くなって、寒くなっていく季節。
『陰』が濃くなる時期ですから、ネガティブになりがちかもしれないけど・・・・・
どうか、生きてください。
もうじきこの世の大掃除も終わることでしょう。
きっと少しずつ生きやすい世に変わっていきます💫
今日もここまで読んで下さりありがとうございました🙇