こんにちわ、Liliです。
最近知ったことなのですが、「ぼくのりりっくのぼうよみ」というアーティストの方がいらして、その方が近々引退なさるそうなんです。
高校生の頃から音楽活動をプロとして行っていて、20歳の今「天才であることに疲れた」というような理由でお辞めになるみたいです。
それで、関連記事を読ませて頂きましたが、20歳にしてはかなり世の中を見ていてクレバーな方のようにお見受けしました。
そして、今回の引退に関連してかなりアグレッシヴな発言をされているようですが、これも「若さ故の未熟さ」ではなく「若いからこそ言えたこと」だと思います。
つまり、まだ20歳ですから他にやれることはたくさんありますよね?
可能性がたくさんあります。
だから何も音楽だけじゃなくても他にできることはありますから、その余裕がなせる業なんだろうと思います。
音楽だけが人生の有効な選択肢じゃないからこそ言えたのです。
ぼくりりさんが日本社会に投げかけたことは、とても大きな意味を持っていると思います。
音楽のことはよく分かりませんが、これだけの高い評価を得ているということは恐らく本当に「天才」なのでしょう。
私は職業柄、たまに「天才少年」「天才少女」の類に出会います。
日本は天才の育成については後進国ですので、ギフテッド(天から特別な才能を与えられて生まれた人)がいたとしてもその人を有効活用することができず、逆に潰したりします。
では、なぜ潰してしまうのか。
それは、多くの日本人が個性を大切にされていない社会だからでしょう。
「自分の個性が大事にされていない」と多くの人が感じている社会で、一部の人間の個性や才能だけを認めて守ろうって、そのような話になるでしょうか?
ぼくりりさんは「ファンを大事にしろ?うるせぇ!!ぼくに説教するな!!」ってTwitterで批判に反論したそうですが、仰っていることは正論なのですが、ではなぜぼくりりさんはファンに説教をされてしまうのでしょうか?
それは、ファンの人たちはぼくりりさんの音楽を楽しむと同時に「天才の作品をお金で買っている、そしてそのことで天才を評価する立場になれている」という想い(もしかしたらこれは無自覚かもしれません)を持っているからのように思います。
だから「勝手に引退するな、もっとファンを大事にしろ」と言うのです。
日本の顧客へのサービス過多が問題視されている近年、このようにアートという魂の活動にさえ「お金払っているのだから、顧客の言うことを聞け、もっとサービスしろ」という主張がまかり通るようになったのでしょう。
しかも相手は若い、20歳の青年です。
批判すればどうにかなるとでも…という印象の出来事ではあります。
日本人一人一人の個性が大事にされていないからこそ、多くの日本人が全てお金で解決し、お金で評価しようとするのです。
ぼくりりさんは音楽と言う「自身の根源に関連する仕事」を、周囲に迎合する形で続けていくことに違和感を覚え、そして耐えられなくなったのではないでしょうか?
そうだとしたら、私は彼の決断は正しいと思います。
彼の音楽を愛していた人たち…本当の意味で愛していた人たちからしたら、この結果はとても悲しく辛いことでしょう。
でも、20歳の音楽家がこのような形で引退せざるを得なくなったその理由は、「ぼくのりりっくのぼうよみ」という一個人の問題を超えてもっと根深いもののように思います。
あとちょっとよく分からないのですが、どうも彼は「天才と仕立て上げられている」というところにも違和感を覚えていたようですね。
恐らくですが、周りの人間に作り上げられている部分が大きくなってきて、彼は本当の自分で音楽活動をしている感覚が希薄になっていたのではないでしょうか。
そうなると、ファン(らしい人たち)が見ていたぼくりりさんとは、はたして何者なのでしょうか?
本物の彼なのでしょうか。
最後に。
受け入れ難い状況の中で納得のいく音楽を作り続けることは難しいでしょう。
この件に関連して、既に50代60代の大御所アーティストと比較している方もいますが、それは筋違いだと思います。
彼は21世紀になってからのアーティスト、インターネットが普及し一般人がアーティストに様々なコメントを発表できる時代のアーティストなのです。
環境が違いますから、単純比較はほぼ無意味でしょうね。
小説や映画と同様に、音楽とは…特に天才レベルの影響力がある音楽家について言えば、その時代を動かしたり動かされたりするものだと思います。
ぼくりりさんに「頑張って」とは言いません。
彼ならば、頑張らなくても次の可能性、次の世界にちゃんとコネクトしていけると思うからです。
Lili