オーストラリアを一人で旅し、シドニーにてスマートフォンとクレジットカードを紛失。消防署や警察署の方に助けてもらって、Twitterから日本にいる友人に連絡を取ることはできたが、所持金40ドル、行く当てもなく途方に暮れていた。

 

 もう一度、スマホを落とした道に戻ってきた。もうスマホは道には落ちていない、誰かに拾われたことはほとんど間違いない。だが、ほかにやることもなかった。ひとまず警察に紛失届を出した今、スマホとクレジットカードに関しては、ただ誰かに悪用されなければよかった。それよりも、異国の地に一人、所持金もほとんどなく取り残されて、どうやって生き延びればいいのか分からなかった。警察署でPCを借りてログインしたTwitterで、辛うじて日本にいる友達に連絡を取ることはできたが、この細い糸が切れたら、日本にいる誰かが自分のことを助けようとしてもどこにいるかさえも分からず、助けも得られずに所持金を使い果たした時にはもう、自分は乞食になって死んでいくしかないのか。

 かすかに頭をよぎる最悪の事態を直視しないために、行動しているしかなかった。スマホを落としたことに気づいたところのセブンイレブンにもう一度やってきた。もう一度店員に、スマホを見ていないか、届けられていないか聞いてみた。スマホを落としてからの自分は、どんな可能性にだって淡い期待を抱いて、砕かれるのを繰り返していた。ポケットにスマホがないことに気づいたその瞬間、振り返ったそこに落ちていて事なきを得てほしかった。道を引き返した時、最後に使ったその場所に落ちていてほしかった。警察に言った時、さっきちょうど届けられたところだと、あっさり手渡されてほしかった。次の瞬間には、この嘘みたいな悪夢から抜け出して、「いや~焦ったな~」とか思いながら、当たり前に普通に生活できる状態に戻ることを、いつも期待しながらこの数時間を過ごした。店員に話しかけたこの時だって、そんな奇跡が起こると思いながら話しかけた。起こらなかった。

 と思った。でも本当は、その時すでに奇跡は起こっていた。その店員の男は、話を聞いてくれた。忙しく客の対応をしながら、それでも話を聞いてくれた。彼の名前は、モハメドといった。肌の黒いバングラデシュ人の男だった。肌が黒い人の表情になじみがないからか、一見怖い印象だったが、よく客と話す陽気な店員で、にっこりととても明るく話していた。来る客来る客に、この日本人が困っている、こいつが今夜安く泊まれるような宿を知らないかと聞いてくれた。日本人だという彼の奥さんに電話して、日本語で相談させてくれた。天気が悪いこともあって、外はもう暗くなってきていた。客が絶えない店だった。たくさんの客が来て、彼はたくさんの客に、こいつを助ける方法はないかと尋ねてくれた。それだけで嬉しかった。お店の棚からお肉のパイのようなものとコーラをとって、朝から何も食べていなかった自分にくれた。100ドルを差し出して、これでどうにかしろと言ってくれた。涙が出た。

 人目もはばからず泣いてしまった。自分の哀れさを、その時自分で認めたんだと思う。彼が話を聞いてくれた時、心のどこかで、このまま彼に助けてもらえると思う自分がいたはず。それでも自分は、こんな状況にも関わらず、自分で陥ったこの窮地を自分でどうにかしてやる、しないといけないというプライドみたいなもので頑張っていた。でも彼のやさしさ前に、そのプライドは屈してしまった。

 彼は客の一人から聞いた宿の情報を書いたメモと、彼の名刺を渡してくれて、今日はそこに泊まれと助言してくれた。そして、この窮地から救ってくれる、一番のターニングポイントとなる情報を教えてくれた。それは、パスポートだけで国際送金が受け取れるサービスがあるというものだった。

 もう暗くなっていたため、シドニー中心地に近い宿までは電車で行った。人生で初めて、自転車を輪行袋に入れずにそのまま電車に乗せた。日本ではできないそんな貴重な体験も、記念写真を撮ることもできないし、テンションが上がる余裕もなかった。シドニー中心街の薄暗い裏路地にその宿の入り口はあった。若者が多く、騒がしい宿だった。狭いビルの屋上に自転車を停めることが出来たが、その屋上の入り口のところで、若い2人の男が何かを紙に巻いて火をつけて吸っていた。ぼろいエレベーターはいつ止まって閉じ込められてもおかしくないような雰囲気があったから、できるだけ階段を使うようにした。

 そんな宿だったが、ここに泊まれたことも奇跡のような出来事の一つだった。この宿では、フロントに置いてあるパソコンで、ネットが自由に使えた。朝ご飯は食堂のパンなどを自由に食べることが出来、フロントでは2Gbほどの少ない容量のものであったが、SIMカードも1枚タダでもらえた。込み具合で変わるものの、これで1泊1ドルちょいで泊まることが出来た。チェックインの時、事情を説明して、行く当てが見つかるまで延泊させてもらうかもしれないとフロントの人に告げた時にはあっさりと承諾してもらえた。

 共同部屋の2段ベッドの上の段に寝床を確保した。その日起こったことを整理して、自分の状況を俯瞰して、底知れぬ恐怖を感じた。パスポートがなくなったら今度こそ間違いなく生きて日本に帰ることはできないと思った。パスポートを入れたボディバッグは枕の下に入れて寝た。その夜はぐっすりと眠れるなんて期待もしていなかった。それでも疲れは感じなかった。なんとかここを拠点にもう一度立て直して、どうにかして生きて帰る。真っ暗な部屋の中、そうやって気持ちを奮い起こしていた。