オーストラリア一人旅、シドニーでスマホとクレジットカードを落として所持金は40ドル。このまま日本にいる友人・家族、誰にも知られることのないまま、街角でお恵みを求めるホームレスの一人になってしまうのでは…という自分史上最悪の窮地に追いやられるも、バングラデシュ人のセブンイレブン店主、モハメドの助けによって、安く寝泊まりできてPCが自由に使えるホステルを紹介してもらい、またパスポートのみで国際送金を受けられるサービスの存在を知る。ホステルのPCでツイッターのDMを通じて親に連絡を取り、国際送金の準備をしてもらうことができた。この送金を受け取ることさえできれば、帰りの飛行機とその日までの宿を確保してあるメルボルンにたどり着き、この窮地を脱することができる。
2月10日。スマホを落とした悪夢の日から、2度の夜をシドニー中心街のホステルで過ごした。一時はこのままシドニーから帰ることもできず、お金も住む場所もないまま路頭に迷うのではないかと、本気で心配になったが、ついに送金をしてもらうことができた。この日は朝食を食べると、さっそく送金の受け取りに行った。しかし今持っているスマホはたまたまホステルのフロントの人から、誰かの落とし物としてもらったものだけ。Wi-fiがないと受け取りの事務所の場所も確認することはできず、一度ホステルに確認のために戻ったりした。最初に違う金融機関の窓口のようなところに行ったときには、そんなサービスは取り扱っていないと言われ、冷や汗をかいた。この送金のみが自分の頼みの綱だったから、ちゃんとしたサービスで正しい手続きで受け取るだけのことだったにも関わらず、必死になっていた。
正しい受け取りの場所は、ショッピングモールのような建物の中にあった、ガラス張りの窓口のようなところで送金を受け取ると、今まで味わったことのないような、安堵とうれしさを感じた。助かった。生きて帰れる。本当にそう思った。
日本を発つ前、オーストラリアは未曽有の猛暑と森林火災に見舞われ、深刻な被害を受けていると聞いていた。しかし、オーストラリアに着いたその日ぐらいから、猛暑とは一転して、シドニーでも洪水の被害が出るほどの大雨が続いていた。スマホを落とした日も大雨に降られ、ずぶ濡れのままスマホを探し回った。でもこの送金を受け取った日は、久しぶりに気持ちいいほどの快晴だった。シドニー中心街のホステルを発ち、シドニー空港に向かった。久しぶりに快晴の中で自転車に乗った。爽やかで少し汗ばむ陽気の中で、シドニー空港へとむかう広い道の長い下り坂を下った時の晴れやかな気分を、今でも覚えている。
これを書いている今、もうすぐこの出来事から1年が経とうとしている。この1年で、いろいろなことが起きた。時折この出来事のことを思い出すたびに、本当に奇跡のような出会いといろいろな人の助けで、今もこうして日本で平和に暮らしていられるのだと思う。日本からの送金を受け取って、すべてが終わったわけではなかった。スマホやクレジットカードは拾われたことは間違いなく、これがもしも良からぬ人の手に渡っていたなら、オーストラリアに身寄りも何もない外国人のスマホなんて、犯罪にでもなんでも自由に使えてしまう。そんな心配がなかったわけではないし、というより、実はこのスマホ、これもまた奇跡と言っていいのだが、見つかって、海を越えて日本に戻ってきて、今も使っている。このことについてもいろいろとあったので、それを全て語ろうとすればまたいくつかの記事になるとは思うのだが、ひとまず、最悪の事態への恐怖からはこの時ケリをつけることができた。
あっという間の3日間だった。本来なら、レンタカーを受け取って、シドニーを観光して、メルボルンに向けたドライブを始めるはずの日だった。そうして予定していたことも、全てあの瞬間に終わった。というより、自分の人生そのものが全て終わってしまったのではないかと思った。それでも、感動の物語の主人公を気取っていたわけではなかったが、絶対に諦めてはいけないと思いながら過ごした。パニックになって自分を見失ってしまったら、本当に帰ることはできないと思って気を引き締めながら過ごした。
しかしそうした自分の努力以上に、いくつもの奇跡によって助けられた。コロナウィルスの世界的な感染状況も、もう少し早く悪化し始めていたら、たとえ送金を受けたりしても帰ることはできなかっただろうし、日本に連絡した友人や家族がすぐに対応してくれたこと、急遽泊まったホステルが、今の自分の状況にとってこれ以上ないくらいぴったりのサービスを提供してくれたこと、パスポートだけで送金を受けることができるサービスがあったこと、そして何より、モハメドに出会えたこと。一人で海外旅行にきて、一番やってはいけないと言えるくらいのミスを犯したが、そのミスを起こしたのが、そうして困っている人に対して進んで無償の手助けを施し、ターニングポイントとなる情報を持っている人の前という、最悪のミスを起こすのには最良の場所だったから、助かった。今は海外旅行なんて行ける状況ではないけれど、いつか海外に行く時には真っ先に彼のところに行き、改めてお礼を言いたい。