極めて真面目な話、人間というのは信用第一である。
世間的で平明な利益を伴う信用のことではない。その真逆である。
何をすれば世間的には認められると誰でもわかるのに、
何が成功しましただ。何が信念があるだ。
世を憂いて考慮するに、もしわが国を意識操作する団体が2手にわかれて
一方が事象を我が物に顔取りざたし2極論的に、いいかわるいか、特か損か、成功か失敗か、と煽り続け、
共謀したもう一手が事象を無視し、向上とか信念、などと極めて利己的なことを精神性だとほのめかせば、
皆が都合がよくなるだけであり、実態や資質や労力が馬鹿と化す。
主体は残りえるのか?そして今わが国は意識への工作はされているのか?
それともまだであり今後もされえないのか?
主体と甘い汁を吸う者との戦いは具体的また構造的にはどうなのか。
こんなの書いた本出そうかな。