夢と希望を与えてくれるって言うあの言葉、僕は非常に嫌いだったんだけど、最近流行が変わったというか、皆慣れだしてきて最近あんま聞かなくなった気がする。
やっぱりさ、今から考えてもあんなこというのはおかしいよな、イラクで復興支援しながら死んだ人や、今も貧しい地域で支援活動や医療活動してる人、恵まれない子供達のために身を投げ出している人。
そんな人たちが「夢と希望を与えてくれる人」と言われていたら、僕は非常にしっくり来る。
。。。ほぼ無意識に近い状態でこの文章を書いていたんだけど、良く考えると、僕がこのフレーズに対して嫌悪を持ったのは、
僕は、普通の人から考えると苦しい、そして難しいことをしている人達(慈善と書くのが嫌だった)を見て、「ああ、こういう人たちがいるから、地球は平和になる。」と心の中で思い、それが「夢と希望」のイメージにぴたり来る。
つまり、俺の頭では「平和」、「未来」、「夢と希望」が同じカテゴリに入ってるわけで、「夢と希望」と言われて、不快に感じるのは、俺の頭の中で、その対象が同じカテゴリ、むしろ背反のカテゴリに分類するからではないのか、と思ったりする。
アイドルや歌手が、俺から見て(ここ重要) 「安易に売れて」、「夢と希望」。ある人物が「安易に成功して」、「夢と希望」
どうやら、ここに俺は反応してたみたいだ。
(前考える猫の考察では、夢と希望を貰うという表現は、彼らがした努力を簡単に言う、済ませるという感じがするから嫌だと書いたような気がするが、根本はこれだったのかもしれない。)
つまり総括すると、俺はどうやら、「安易に得るもの」と「未来」が繋がっていなくて、「一般的に難しい物」と「未来」が繋がっている人らしい。(なんかバカの論理で巡ってるような感じもするけど)
これの考え方は非常に「危険」だ。
俺にとって、未来や希望は安易には得られないのである。(ああ、なんかバカっぽい結論だ~)
これから、俺のカテゴリを変える努力をしてみよう。
じゃないと、これからの人生キツくなりそうやわ。