その人がお腹が大きいのは知ってたけど
他の妊婦に対してもそうであるように
あまり見ないようにはしていた
その人のことはほとんど何も知らなかったけど
可愛くて
明るくて
一生懸命子育てしていて
きっと親にも可愛がられて育って
絶望とか、不条理とか、障害児の親の肩身の狭さなんて言葉とは
一生無縁と思わせるような人だったし
他の大多数の女性がそうであるように
難なく次の子も産むのだろうと思っていた。
そんな人にダウン症が産まれた。
今まで出会ったお母さんは、
すでにダウン症を産んだ後だったし
こちらの世界の人というフィルターを通して
こちらも見ていたけれど
初めて
あちらの世界から、こちらの世界に来る人を目の当たりにした。
こちらの世界に来なければいけない必然性
彼女には全くそれが見当たらない
当たり前なんだけど
どの人もみんなそうなんだよね。
障害児の親になる必然性なんてない。
単なる確率の問題とは頭では分かっていても
何かの罰なのではないか、
何かの報いなのではないか、
選ばれた理由があるのではないか、
納得するためにいまだどこかで探している自分がいて
でも、事実はただ単に
トランプでジョーカーをひいただけの話
ジョーカーをひいてしまった意味づけを考えることほど不毛なことはない
そう思った。