障がい者の母である昔からの知り合いの中年の女性が
産後すぐに逢いにきてくれた。
障害児が生まれてきた意味。
障害児を育てるプラスの面はないのか。
とにかく何か縋るものが欲しかった。
希望の糸口のようなものをその人に求めたけど
結果は散々だった。
障害児がいると家族が仲良くなるんですか?
口論すると、内容が理解できない障がい者が情緒不安定になって
めんどくさいからその子の前で喧嘩しなくなるだけよ
障害児を通して出会いが広がりました?
そうだけど、障害児の親がみんな自分と同じ考えと思ったら失敗するよ
兄弟は障害児を助けてくれましたか?
お金の計算ができないでしょ。
まだ小さい健常の弟が、お兄ちゃんにレジの支払いを助けてあげててね
体も大きいお兄ちゃんが丁寧に「ありがとうっ!」ってお辞儀してるの
後ろから見て、泣き笑いよね。
心から笑えるようになったのっていつですか?
最近かな。
正直に話してくれたんだと思うけど、
何それ?それがこれから先の私の人生?!
刺激が強すぎて過呼吸になった。
今は、こう思う。
きっと、障害児を育てるのって
自分の中のOSを変えるようなもの。
私自身を管理し、そして、制御するOS。
使い慣れたiOSを取り上げられて
誰も知らない新興国が作ったOSを勝手に導入されて
今まで使ってたアプリも使えなければ操作性も違う。
障害児がいると口論が最小限になり
健常の兄弟は優しくなり、
生き方は違うけれど産後の思いを共有できる人がいる。
iOSのデザイン性や操作性は早めに忘れて、
新しいOSのアプリと操作性に早めに慣れる
障害児が幸せを運んできてくれるのではなく
OSを変えることで同じ事実が変わって見える。
それが自分を早めに幸せにする方法なんかな、と。
私はもう使えなくなったiOSの携帯を未だ握りしめたままだけど。