こんにちは。
管理人の渡邊美智恵です
1月22日月曜日
クォンタム・プレイヤー研究会を行いました。
13時にスタートした時点では、小雪がちらついていた程度だったのですが、
研究会終了の2時間後には、うっすらと路面は雪に覆われ、帰宅のための電車はすでにダイヤが乱れていました。
いつもより少し時間がかかり、自宅の最寄り駅に着いた頃には、辺りはすっかり雪景色に変わっていました。
わたしは、深夜にしんしんと降る雪、それがつくるモノクロームの世界を眺めるのが好きです。
色や音がない、深い静寂を心が感じているとき、何が起きても、気持ちが浮いたり沈んだりすることなく、全てをあるがままに見ていられるような気がします。
ずっとこのままの心でいられるように…と、その景色を見て、自然と祈っていました。
22日の研究会では、その、祈るという行為や真の祈りについて、
クォンタム・プレイヤーのプラクティショナーとして磨きあげていかなければならない大事なこと、
そんなことを学びあいました。
そのなかで、プラクティショナーの佐藤直子さんが、祈りとは、真の自分にアプローチしていく行為、と話してくれたのが、スコーンと響き渡ってきました。
「ずっとこのままの心でいられるように…と祈った」と、先ほど書きましたが、実は、真のわたしたちは、いつでも、静かで安定しているはずなんですね。
それが真のわたしたちの姿なのだけれども、でも、日々の生活や社会のなかで、家族や職場や学校などの人間関係のなかで、心が揺れ動かずにいることなんて、ほぼ不可能なわけです。
浮かれてみたり、かと思えば、一瞬にして沈んでみたり、そんなことばかりで疲れてみたり、立ち直ってみたり、いろんなことをしていると思います。
本当の、真の自分を忘れて。
だから、自分の中の真の自分、静かで安定した自分を思いだすために、その心を少しでも長くキープするために、真の自分にアプローチしていく、祈る…という行為をするんです。
クォンタム・プレイヤーは、願いを叶えるために祈願をしたりとか、そのような祈りはしませんが、真の自分にアプローチしていく事で、その願いがいつしか叶っていた、それどころか、その願い以上のものまで与えられていたことに気づいていきます。
ひとり、静かな景色を眺めながら、心も一緒に静めて、真の自分にアプローチしていく。祈る。
これを常にして、日々、プラクティスしていきたいな…と思った研究会でした。
