こんにちは。
プラクティショナーの佐藤直子です。
先日記事として紹介させていただいた「素通りしていた わたしの心」を読んでくださりどうもありがとうございます。
あの後、記事を読んでくださった友人から、こんなご意見をいただきました。
「プラクティショナーであるあなたが、息子さんを前にした時の(あなたの)心模様をシェアしてくれて、ああ~自分だけが、できていないわけではないんだ…(=エゴにかまけている状態)と安心したのだけれど、学びを続けるあなたでも、色々なことに直面するのか~とも思ったの。」と。
このように率直にお話ししてくださり、改めて「おお、なるほど~!」と思ったのでした。
確かにプラクティショナーであるからこそ、日常生活は全部整っていて
~何の又は誰の心配もなくて
~だから人生は大丈夫で
~そして日々いつも素晴らしい様子で
~等々と、
「プラクティショナー」という名称に、きっと自分とは違う人で、わたしとは違う生き方をしているのだろう~と思い込んでしまうことはないでしょうか??
このご意見を伺い、「ああ~かつてのわたしもそのように誰かに対して特別な人だからだよね~~と捉えていただろう」と振り返りました。
では…『プラクティショナー』とは何でもできる特別な人なのでしょうか??
答えは「いいえ。」です!
プラクティショナーは、むしろ“自分は特別な人になる必要はなかった”とわかっている心の(人)ことだと思います。なぜなら、自分の前に表れてくれた方は、“自分でもある”ことを知っている心であり、“自分の心の訂正なのだ”と素直にわかっている心のことだからです。
プラクティショナーこそ、いつでも自分の心模様を忠実に見つめ、そして正直になることが大事だと知っています。
どんな状況でも、常に自分の心の揺れ・反応であることについて注意深く見つめているのです。
そして、心の揺れ・反応を静かに見つめ、明らかにします。
自分の考え方・やり方(自分の想定内からは抜け出せない状態ですからね)では手放せないので、それらを手放せるように、そして、祈りへと心を向けていくことが最善の道だと知っています。
それだけ、自分の考え・やり方を手放した先に、ほんとうの強さ、ほんとうの平静さ、ほんとうの平和な心の状態、つまり、誰の心にも在る力(愛)があることを信頼しているからです。
言うなれば、自分のやり方では何一つ喜び~幸せ~ではない状態を経験したことが、後押ししてくれたとも言えます。
先日、お恥ずかしながら、“わたしは何を恐れているのだろうか?”と、具体的なことを詳細に~詳細に~記させいただきました。
記している道中、わたしの心の経験としては“恐れの形状”(とは言っても、目に見えることではないのですが。)が、はっきりとしてきて、記せば記すほど、恐れるどころか、むしろ柔らかくとき解かれて、軽やかになっていく感覚を感じ、そこにこそ、怖れと緊張のない安らいだ自分がいたのでした。
と同時に、心から「もう、ほんとうにこの重たい思いを辞めたい!」とはっきりと、決意できるのでした。
祈りの日々は、今も続いています。(この内容は、また次回に!)
このように、『プラクティショナー』だからこそ、この手法を自分にも何度でも取り入れ(事例を変え、何度でも)日々で実践します。
実践を繰り返すこの月日は、クォンタムヒーリングへの効果と信頼を益々深め、立ち戻る速さはもちろんのこと、今では祈りの根の奥深さを感じています。そして、この地道な月日は、本当の心を再建し直された方のみなぎる情熱にも出会えるという 喜びにも立ち会えます。
わたし達皆の心は素晴らしく、力強く発揮できるらしい~……それを、このクォンタムヒーリング手法で、ご一緒に見直しし、経験をしてみませんか。
プラクティショナーの佐藤直子です。
先日記事として紹介させていただいた「素通りしていた わたしの心」を読んでくださりどうもありがとうございます。
あの後、記事を読んでくださった友人から、こんなご意見をいただきました。
「プラクティショナーであるあなたが、息子さんを前にした時の(あなたの)心模様をシェアしてくれて、ああ~自分だけが、できていないわけではないんだ…(=エゴにかまけている状態)と安心したのだけれど、学びを続けるあなたでも、色々なことに直面するのか~とも思ったの。」と。
このように率直にお話ししてくださり、改めて「おお、なるほど~!」と思ったのでした。
確かにプラクティショナーであるからこそ、日常生活は全部整っていて
~何の又は誰の心配もなくて
~だから人生は大丈夫で
~そして日々いつも素晴らしい様子で
~等々と、
「プラクティショナー」という名称に、きっと自分とは違う人で、わたしとは違う生き方をしているのだろう~と思い込んでしまうことはないでしょうか??
このご意見を伺い、「ああ~かつてのわたしもそのように誰かに対して特別な人だからだよね~~と捉えていただろう」と振り返りました。
では…『プラクティショナー』とは何でもできる特別な人なのでしょうか??
答えは「いいえ。」です!
プラクティショナーは、むしろ“自分は特別な人になる必要はなかった”とわかっている心の(人)ことだと思います。なぜなら、自分の前に表れてくれた方は、“自分でもある”ことを知っている心であり、“自分の心の訂正なのだ”と素直にわかっている心のことだからです。
プラクティショナーこそ、いつでも自分の心模様を忠実に見つめ、そして正直になることが大事だと知っています。
どんな状況でも、常に自分の心の揺れ・反応であることについて注意深く見つめているのです。
そして、心の揺れ・反応を静かに見つめ、明らかにします。
自分の考え方・やり方(自分の想定内からは抜け出せない状態ですからね)では手放せないので、それらを手放せるように、そして、祈りへと心を向けていくことが最善の道だと知っています。
それだけ、自分の考え・やり方を手放した先に、ほんとうの強さ、ほんとうの平静さ、ほんとうの平和な心の状態、つまり、誰の心にも在る力(愛)があることを信頼しているからです。
言うなれば、自分のやり方では何一つ喜び~幸せ~ではない状態を経験したことが、後押ししてくれたとも言えます。
先日、お恥ずかしながら、“わたしは何を恐れているのだろうか?”と、具体的なことを詳細に~詳細に~記させいただきました。
記している道中、わたしの心の経験としては“恐れの形状”(とは言っても、目に見えることではないのですが。)が、はっきりとしてきて、記せば記すほど、恐れるどころか、むしろ柔らかくとき解かれて、軽やかになっていく感覚を感じ、そこにこそ、怖れと緊張のない安らいだ自分がいたのでした。
と同時に、心から「もう、ほんとうにこの重たい思いを辞めたい!」とはっきりと、決意できるのでした。
祈りの日々は、今も続いています。(この内容は、また次回に!)
このように、『プラクティショナー』だからこそ、この手法を自分にも何度でも取り入れ(事例を変え、何度でも)日々で実践します。
実践を繰り返すこの月日は、クォンタムヒーリングへの効果と信頼を益々深め、立ち戻る速さはもちろんのこと、今では祈りの根の奥深さを感じています。そして、この地道な月日は、本当の心を再建し直された方のみなぎる情熱にも出会えるという 喜びにも立ち会えます。
わたし達皆の心は素晴らしく、力強く発揮できるらしい~……それを、このクォンタムヒーリング手法で、ご一緒に見直しし、経験をしてみませんか。