おれは今では極道と成り果てたが若い頃は純粋だった。これを皆様に証明するために昔日の日記を紹介しようと思う。

 

二〇〇一年十二月一日(土)。おれが小学四年生の頃だ。

「きょうは、友とあそんだ。×××に犬がいて人にかわれていてすてられたみたいだった。ポッキーをあげた。ぜんぶたべた。おいしそうにたべていた。かわいそうだった。××××の家に行ってゲームをやった。(マリアテニス)」

 

捨て犬にポッキーをあげるとは何て優しい奴だ。と、一瞬思ったおれは偽善者である。片手間に誰かを助けるなんて悪徳だ。結局は自分の心を満足させるためにやっているにすぎない。(可哀想な犬ちゃんを助けてあげた優しい自分ちゃん)を大事に心にしまっておくために……。脳みそミジンコレベルの餓鬼である。

 

いったい(マリアテニス)とは何だろうか。マリア・シャラポアのテニスであろうか。あるいは、イエス・キリストの母がテニスをやるのだろうか。おっしゃっている意味が全く分からない。

 

全ての過去は美しく感じられる。未来は地獄。あゝ、無情! 当世風に言えばレ・ミゼラブル!