本日は横浜セブンスアベニューに参りパンクロック歌手の町田康が歌うバンド「汝、我が民に非ズ」を観てきた、もしくは、聴いてきたので、そのことについて書こうと思います。今回は単独公演です。町田さんはキリストのような顔面がプリントしてあるティーシャーツを着用に及んでおりました。そして、靴が特徴的で黒地にペンキが飛び散ったような柄がついておりました。曲目は以下の通りで御座います。

 

1.情熱だけの人生

2.かくして私の国家は滅んだ

3.顔の忘却(消失節)

4.ひがくれ哀話

5.リターン

6.夏の午後(今日の午後)

7.急に雨が降ってくる

8.貧民小唄

9.俺はいい人

10.(曲名不明)

11.試される愛と意思(試される愛)

12.君は待っている

13.RB

14.君が好きだった歌

15.いろちがい

16.手紙節

17.白線の内側に下がってお祈りください

18.野菜食ってゴーゴー

(アンコール)

19.花の飛び

20.つるつるの壷

21.だから君は今日も神を見る

 

(音の渾然一体が余の頭脳をシェイクして精神がチャンポンでした。)

 

曲間の話のコーナーというのがあった。

一つは随筆の話題。随筆は季節の話題から始まり、自慢話に終わる事が良くある。八割方はそんな感じだ。工夫した結果、どうやら自慢話になってしまう。自慢話に堕さない、残り二割の随筆が名随筆と呼ばれるものだ。私もこれを参考にして随筆を書いてみようかな。どこに?本ウェブログに。私の該博な知識、そして明晰な頭脳を駆使して自慢話にならない随筆を書いてみようと思う。

それから。人間社会はいかにして構成されているかという話。世界は神、権力者、芸人、商人、民衆の五つに分類される。芸人は神を生み出し権力者は神を掲げて権力闘争を行う。権力者が掲げる神は例えば宗教上の神だったりマルクス主義のような思想であったりする。これらを掲げて権力者同士、争闘を繰り広げる。このように権力者には神が必要なのであるが彼ら自身は神を作り出す事ができない。神を作れるのは芸人である。芸人は小説家、ミュージシャン或いは学者だったりするのだろう。彼らが作り上げた神に民衆は熱狂、翻弄される。商人の役割については述べなかったが、おおよそは上のような主張だったと思う。それから、戀愛論について述べていたがここでは省く。

 

今、録音版の吹き込み作業を行なっていて、もうすぐ(お届けできる)との事。

そして、6月30日まで汝、我が民に非ズのライブは休業です。