本日は横浜セブンスアベニューに参りパンクロック歌手の町田康が歌うバンド「汝、我が民に非ズ」を観てきた、もしくは、聴いてきたので、そのことについて書こうと思います。「頭脳警察」との対バンで先手が「汝、我が民に非ズ」でした。町田さんはキリストの顔面がプリントしてあるティーシャーツを着用に及んでおりました。

曲目は以下の通りで御座います。

 

1. いろちがい

キーボードの大古富士子さんが作曲。

 

2.ひがくれ哀話

「ひがくれ」というのは日が暮れる、つまり夕暮れという意味。「哀話」というのを「哀歌」としなかった所に凄まじき知性の現れがあるそうです。

 

3. 君は待っている

 

4. 手紙節

待っていても仕方がない自分から動こう。例えば手紙を書くとか。

 

5. (不明)

 

6. 急に雨が降ってくる

 

7. 情熱だけの人生

私なんかは一番素晴らしき楽曲と思いました。

 

8. RB

 

9. つるつるの壷

 

10. だから君は今日も神をみる

 

11. 白線の内側に下がってお祈りください

 

12. 野菜食ってゴーゴー

 

加えて「頭脳警察」のアンコールでスペシャルゲストとして町田康を加え「悪たれ小僧」を演奏していました。(悪たれ小僧がマスかいて)なんて事をいい歳して歌っていて、パンクな感じ感で極めてクール、所謂ベリークールだったぜ。

 

(個人の権利を主張するあまり、皆却って不幸になっているのではないか)という話が印象的でした。どういう事かというと、掻い摘んで言うし、しかも私見ではあるのだが、ジェーポップ的世界観が顕現しつつある事を言いたかったのではないかしらん。私の考えるジェーポップとは(イエア、自分ちゃんサイコー。素顔の自分ちゃんをみてよネ。あぱっぱ)みたいな感じなんだが、この主張が拡大解釈されて他人を省みる能力を喪失しつつあるのではないか。つまり、自分だけが尊く、尊さを発揮するためなら他はどうなっても構わないという思想だ。実例を上げると「アナ雪」の流行である。主人公は女王であるにも関わらず、人工氷河期を引き起こし人民を大勢凍死させたのだ。それにも関わらず素顔の自分ちゃんを見せられてハッピーみたいな感じになって他者を省みることがない。このような物語が世界中の老若男女の大衆にもてはやされている事実は上の主張を裏付ける証左になるだろう。とにかく、世界中できなくさい事ばかり起きていて今後が不安である。

 

3月いっぱいで「汝、我が民に非ズ」は一時休業で6月から活動再開という事らしいです。どうなんだろうか。シーディーでも作るのだろうか。楽しみだ。