小池重明を負かす
東公平著「升田幸三物語」(日本将棋連盟発行)より全引用
「ジューメイ」の愛称で人気のあったアマチュア名人小池重明(しげあき)。真剣師である。若くして他界したが、昭和56年頃の彼は「史上最強のアマチュア」と呼ばれ、アマ・プロ平手戦でプロの四、五、六段の強いところと10局指して7勝3敗。角落ちでは中原と米長に各々1勝1敗、大山には完勝という強さ。森雞二に平手で勝ったこともある。松田茂役九段や花村元司九段の協力で、奨励会三段として入会を認めようかという話が起きていた。
この男に目をつけたのが、朝日新聞系の新雑誌『リベルタン』の編集長、長谷川明(作家)である。創刊記念に升田―小池の角落ち戦はできないだろうか。
最初に話を聞いたのは私で、おもしろいけれど、升田先生、勝てないと思いますよ、小池さんは強いからと言った。
プロ棋士に意見を聞いても同じ答えだったというが、長谷川氏は絶対にファンにうける企画だと信じていたので、両者に話した。升田は二つ返事で受けた。
小池氏は自信満々。「年寄りをいじめるのも気の毒ですけどね」と来た。「ご高齢で引退後ですから弱くなっておられると思います。全盛期に指していただきたかったなあ」
対局は実現した。駒落ちとはいえ升田にとっては引退後初めての対局である。
「どうやら升田先生は小池重明の強さをまったくご存じないらしい」と思った長谷川氏と観戦記を書く私は、大山十五世名人が完敗した棋譜をそれとなく升田宅に送ったりして、心配しながら当日を迎えた。
対局場は東京・広尾(もと羽沢町)の「羽沢ガーデン」。
ひざを曲げるのが体に悪いという升田の状態を考え、応接間に急ごしらえの椅子席を設けて指してもらうことにした。
間もなく64歳になる升田は、夫人同伴でやってきた。
足がひどく弱っているから、長い廊下をカタツムリのようにそろそろと進む。魔法瓶を下げた奥方が寄り添って歩く。
この日の話は非常におもしろくて、観戦記を全文転載したいほどだ。小池アマ六段にはプロ入りの念願があるので、必勝を期して指し進めた。
升田の指し方は風変わりだった。いや、それどころか、アマ初段の長谷川氏などは、△8三玉と飛の頭に玉が上がった手を見て、
「升田先生、ほんとにボケちゃってるんじゃないのか」
と心配したそうだ。実はこれが升田流必殺入玉戦術であることにさすがの小池六段も気付かなかったのである。
「久しぶりに将棋指すから、メチャクチャだ」と苦笑する升田。シャミセンだった。
▲8五歩(参考A図)と打てば△9四金の一手。そこで▲8六角または▲8八飛で必勝形と小池は読んでいた。
ところが、升田はにやっと笑い、△8五同金とこの歩を取った。金のただ捨てだ。▲同銀なら△8七歩成で、下手歩切れだから難しい。
小池が急に考え込んだ。大失敗に気がついたのだ。
13分考えて▲7四歩。これも悪手。
「そうか。突いたか。ハッハッハ」と升田が高笑いした。
2手連続の悪手を指しては、大駒落ちでも下手が苦しい。じりじりと押され、角ただ捨ての勝負手をひねり出したころには時すでに遅く、大勢は決していた。
▲5八歩(参考B図)。
「取るとどうする」とつぶやいた升田、ノータイムで△同飛成。
「参りました」と文字通り平伏した小池ジューメイ。
感想は升田が一人でしゃべった。
がっくりした小池は宴席の用意があるというのに「帰りたい」とうめいた。私たちがむりやり引き止め、升田の横に座らせた。
持参の魔法瓶から、日本酒は体に悪いので特製の梅干し入り焼酎かなんかをコップにどぼどぼ注いで飲みながら、ヒゲの九段は談論風発、その元気なこと。
小池六段はどうしたか。
さすがにやるもんで、座椅子にもたれて狸寝入りをしていた。朝昼晩と酒には目のない小池が、目を開けてビール一杯しか飲まないうちにお開きになった。
升田は小池の顔を見てこう言った。
「あんたは強いんだが、敗因は僕がプロだということを忘れとったことだ。やせても枯れてもわしはプロ。君はやっぱりアマチュアだな」
升田は“地獄耳”なのだ。何も知らぬふりをしていながら、小池の強いことも、プロ入り問題も知っていた。「万事承知の上で、全力を挙げてこの強豪を叩き潰すために来ていたのだ」と長谷川編集長は驚きを記している。
送りの車が来た。ヒゲの九段は玄関で手を振った。
「小池君ありがとう。君は、升田健在なりを宣伝してくれた。バイバイ」
(続く)