升田の信念
東公平著「升田幸三物語」(日本将棋連盟発行)より全引用
塚田との5番勝負の時に升田が書いた将棋論の一部を引用する。
タイトルは「将棋の本質」
「将棋は元来攻めるように出来ている」
と筆を起こし、駒の性能、成りのルール、取った駒を使うルールなどから、中将棋(日本の古将棋)やチェスとは本質が違うと説く。
次に、千日手問題に言及する。
「どちらも同じことを繰り返すのは、他の手では絶対に悪くなるという対局者の主張から起こるのである。この形(駒組)であれば千日手であるという規則はまだない。もし将棋が究め尽くされていて、最初からこれが最善の手と決まっており、その指し手を進めて行ってどうしても千日手になるのであれば、もはや将棋に発展の道はなく、将棋は亡ぶであろう。もちろんまだまだそんなところまで研究が進んでいるわけでもないし、またいままでの千日手が果たしてその時、他に手がなかったかどうかも疑問である。もし私が、千日手にする以外、他の手では絶対に悪いとしか考えられぬ場合にぶつかれば、私もわざわざ悪いと考えられる手を指すつもりはない」
「やはり千日手は対局者が双方とも消極的な場合に多いのが事実である。『勝ちたい』気持ちより『負けたくない』気持ちの方が強く、『良い手を指す』より『悪い手を指さない』主義から起こる。これはどうしても将棋の本質に徹していないからだと思う」
「将棋に限らずすべて勝負事は消極的に流れては面白味がなくなり、その発展をはばみ衰退の第一歩となる。相撲が水入りの大相撲を、野球が0対0の接戦を繰り返しても、それが皆引き分けに終わるようでは興味が薄くなる。この意味からも、将棋を職業とし、棋道発展を願っている専門棋士は千日手を恥として心得てしかるべきだと思う」
「将棋の本質に徹して、少しのゆるみもない将棋が指したい。そして真理への道をひたすらまっすぐに歩きたいと、私はいつも考えている」
升田の千日手論は、当時最も研究熱心でチェスにも情熱を注いでいた坂口允彦八段への反論とも思われる。坂口は、平手の将棋に必勝法はない、将棋の究極は千日手無勝負だろうと主張していた。これに対して升田は、そんなことが人間にわかるもんかと言った。しかし、「先手有利説」も採らなかった。ひょっとしたら将棋は後手必勝なのかも知れんぞと言う。その根拠に「歩だけ9枚並べて指したら後手必勝なんだから」と例を示している。
升田は全盛時代「毒薬を盤の下に置いて、負けた方がそれを飲むという将棋を指してみたい。真剣勝負とはそういうもんだろう」とよく言っていたが、昭和23年にすでに下のような発言をしているのだ。
「もし、命を賭けての将棋を指したら世にいう勝負師よりも、真理を求めている者の方が強いと思う。次のない将棋にハッタリやただの勝負手は指せないからである。そうなれば高段者でも二、三段ぐらいにしか指せない人があるかも知れない。私もまだまだ弱いがそういう真理を求めて対局する場が欲しいと思っている」
(続く)