「升田幸三物語」 第13話 ② | クオの別世界

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大駒落ちは不敗


東公平著「升田幸三物語」(日本将棋連盟発行)より全引用


 


升田が満15歳で入段した昭和9年には、将棋連盟の手合い割の改訂があり、江戸時代から「六段差飛車落ち、四段差角落ち」であったのを、「七段差飛車落ち、五段差角落ち」と改めた。むろんアマ・プロ共通で、アマには30級まであった。

 木見八段が関西支部長として阪田派に対抗していた関係上、土居市太郎八段をはじめとする関東在住の棋士が、テコ入れのためしばしば来阪し、新聞将棋を指した。

 師匠が満を持していただけあって、升田は強かった。東京から来た「強い六段」でも、関西のヌシみたいなベテランでも、升田との角落ちは「手合い違い」だったらしく、公式記録などないが、初段二段時代の升田は、大駒落ちではほとんど不敗だたと聞いている。

 初段時代の棋譜が残っているのは、東京の飯塚六段との角落ち戦1局だけらしい。下手が矢倉で完勝したその棋譜は、升田選集や自伝などのほか、あちこちに紹介されているが、二段に昇っての第1戦(対近藤孝二段戦)と共に巻末に掲載した。

 近藤孝二段は在阪棋士。中途で棋界を去っているが、東京生まれで当時20歳くらい。定跡に明るく器用な将棋を指した。


(続く)



心に、体力。体に、知力。

ぶりぶりブリッツ