読みきり小説 「発狂した大学」 ① | クオの別世界

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学生時代に書いた初々しい小説、コピーライター時代を語る懐かしいエッセイ、そして文章家として活動する日々の合い間のエッセイや小説を掲載しています。


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これは、1977年に書いた小説。言わば、クオの「1Q77」です。

怠惰な日常を描いた前作から一変。20歳が渾身の力で書いたSFです。















     WHAT MAD UNIVERSITY

          発狂した大学   

























 大気は冷え冷えと澄みきっていた。深夜の漆黒につつまれた十勝の平原を、ざわざわと風が吹きわたっていく。そうして、いくつもの草の擦れ合う音がしたかと思うと、こんどは明らかに人為の奏でる、低く、くぐもった響きが聞こえてきた。その音は最初は地鳴りのように野太く、近づいてくるにつれ騒がしさを増していき、やがて高らかな蹄の行進曲となってススキの野を踏みしだいていった。
 帯広畜産大学の奇襲部隊である。
 彼らは畜産実習のために飼いならしてきた数十頭の家畜に打ち跨り、札幌へ向けて北の荒野を進軍していた。まだ幼さの抜けきっていない、おそらく20歳前後と思われるその顔には、狂気のもたらす崇高な使命がぎらぎらと燃えていた。彼らばかりでなく、日頃おとなしく懐いていた家畜たちも、馬や牛や羊の種別をこえて一切の尋常さを失い、歯向かう者は誰かまわず噛み殺そうとの凶暴性をむき出しにして、ただやみくもに駆られ続けていた。
 奇襲部隊は日高の山裾を越え、夕張の山並みを後にして、数時間後。夜明けとともに鬨の声をあげ、怒涛の勢いで北海道大学の構内になだれ込んでいった。





「はあーあー」
 ヒロアキくんは大きなアクビをひとつすると、世界史の問題集をパタンと閉じ、それから部屋を出て階段をおりていった。茶の間の戸を開けると、父さんと母さんがテレビの歌番組を観ている。ヒロアキくんはどっかと腰をおろし、
「母ちゃん、オレにもお茶いれてよ」
と言いながら、父さんのセブンスターを1本抜きとると口にくわえ、ライターに手をのばそうとして、ピシャッと叩かれた。
「いかんいかん。まだ高校生のくせにタバコなんか吸っちゃあ。タバコ吸うひまがあったら、英単語のひとつでも覚えなさい。どうだ、ちっとは受験勉強ははかどっているのか?」
 父さんの言葉も上の空で、ヒロアキくんはテレビの画面を見やり、新人の女性アイドルが歌っているのに聴き入っている。母さんがヒロアキくんの湯飲みを持って入ってきた。お茶をいれながら、
「まったく受験まであと4か月しかないというのに、困ったもんだわねえ、この子ったら。全然やる気がないんだから」
「おまえ、いったいどこを受けるつもりなんだ?」
と、父さん。
 ヒロアキくんは、お菓子をひとつ口の中に放り込み、お茶をひとくち啜ってから、おもむろに答えた。
「東京大学医学部」
「かーさん、この子を、ぶっ叩きなさい」
「これ、ヒロアキ。父さんが真剣になって訊いているのに、ふざけてるんじゃありません。真面目におっしゃい」
「第1志望がハーバード大学で、第2志望がオックスフォード大学で、第3志望が堀口大學」
「かーさんかーさん、ほんとに、この子をぶっ叩きなさい」
「これ! ヒロアキ!」
「そうだなあ。あまり、ぴんとこないんだよなあ。オレ、どこ受けようかなあ」
「九大を受けなさい。経済学部がいい」
「あなた、とても無理ですよ、この子の頭じゃ」
「じゃあ、熊本大はどうだ。旧制五高だぞ、あそこは」
「あなた、それも無理ですよ、この子の頭じゃ」
「大分大学の教育学部なら行けるだろう。いくらなんでも」
「それだって危なっかしいもんですよ、この子の頭じゃ」
 父さんと母さんのやりとりにゲンナリしつつも、ヒロアキくんは言った。
「父ちゃん、オレ、国立は無理だよ。今から勉強してもおっつかないし。それにオレ、東京に行きたいんだ。こんな九州の片田舎でくすぶっていてもしょうがないもの。オレ、受けるんだったら、東京の私立がいいな」
「じゃあ、早稲田、慶応だ」
と、父さん。
「まああなた、なんてことを。バチがあたりますよ。そんな、もったいない、もったいない。ああ、ご無礼をお許しください、大隈さま、福沢さま」
と、母さん。
「じゃあ、上智、立教、青学だ」
「もったいない、もったいない」
「明治、中央、法政は」
「もったいない、もったいない」
「成蹊、成城、学習院」
「もったいない、もったいない」
 両親のやりとりに、ヒロアキくんはだんだんミジメな気持ちになり、とうとう居たたまれなくなって茶の間を出ると、自分の部屋へ戻っていった。
 机に向かったところで勉強などする気になれず、ふと傍らの恋人の写真に目をやった。リエ。大好きなリエ。僕の心を慰めておくれ。だが、彼女のことを思い浮かべてみても、今夜はもう心は晴れそうにない。

 ああ  
 いやだいやだ
 受験なんかいやだ
 受験なんかなくなっちまえ
 大学なんかどうにでもなっちまえ





どうにでもなっちまえ

どうにでもなっちまえ

どうにでもなっちまえ







いつの間にかヒロアキくんは机にうつぶしたまま、寝息をたてていた。





「ヒロアキーっ。早く起きないと遅刻しちゃうわよーっ」
 階下で母さんが呼んでいる。
 その声に、ヒロアキくんはハッと目を覚ました。どうやら机にうつぶしたまま、朝まで寝てしまったようだ。
「はくしょん!」
 クシャミが出た。ほら、やっぱり風邪をひいてる。教科書類をカバンに詰め込み、学生服に着替えて、ヒロアキくんは階段をおりていった。
 朝食のテーブルにつくと、熱いお茶を啜りながら、ヒロアキくんは新聞を開いた。ひととおり目を通したが、別段たいした記事は載っていない。国鉄が早朝ストをやるとか、政府が企業体質の強化のために投資減税に踏みきったとかは、ヒロアキくんにはどうでもいいことだった。ただ社会面に、ちょっぴり目をひく記事があった。

 北大構内で学生数十名が乱闘
  過激派セクトの内部抗争か?

だが、結局それだけのことだった。それが、この自分にとって、何だと言うのだ?

時計の針を気にしながら急いで朝食をかき込むと、ヒロアキくんはカバンを小脇に抱え、家を飛び出していった。
 しかし、本当に、それだけのことだったのだろうか?





実は、そうではなかったのだ。それは過激派セクトの内部抗争なんぞではなく、ましてや新聞の社会面に小さな記事として掲載されるような些細な出来事ではなかった。
 新聞各社は挙ってこの事件をデカデカと第1面に掲げ、そのうえ紙面を割いて事件に関する特集を組む必要があったのだ。
 もちろん数日後には、こいつは社会的な大問題となり、新聞のみならずテレビやラジオでも連日大々的に報道されるようになった。テレビ局はこのショッキングな大事件に関する特別番組を設け、教育評論家や軍事評論家、道徳研究家や宗教家、はてはSF作家まで集まって、政府要人を交え、熱気あふれる議論が展開された。
 ただ残念なのは、問題について述べられた多くの意見や対応策のうち、即効性のありそうなものが皆無に等しかったことである。
 政府は、事件の当初、各々の大学側の要請に基づいて機動隊の導入に踏みきろうと考えたのだが、それは叶わぬことだった。なにしろ大学そのものが混乱の渦中にあるため、大学関係者と連絡が取れないのである。(後で分かったことだが、大学に関係のあるすべての人間がオカシクなっていた。学部学生、大学院生、海外からの留学生、学長、教授、理事たちはもとより、学部事務所や大学生協の職員たち、清掃業務従事者たち、さらには近隣の学生街の喫茶店のマスターや食堂の調理人、雀荘の経営者や飲み屋のおやじたちまでもが、みんなオカシクなっていたのだ。)
 何よりもまず、政府は流血沙汰を恐れたのである。混乱の原因が正確に把握できない現段階において、ヘタに公権力を投入するのは危険なことだ。取り返しのつかない大惨事を引き起こすことにもなりかねない。政府はその辺を懸念したのだ。今はただ、事態の成り行きを見守るしかない。国は、まさにジレンマに陥っていた。
 なにせ、このような事件は前代未聞なのだ。12世紀の中世ヨーロッパで大学というものが発祥して以来、およそ今回のような出来事は地球上のどの地域でも見られなかったに違いない。その意味では、歴史的な大事件とさえ言える。それが、20世紀の日本全土を揺り動かそうとしているのだ。日本全土を!
 そうなのだ。事態は北海道の一角での出来事から、もはや全国に波及していた。大学が狂っているのである。国立・公立・私立・4年制・短大を問わず、大学校や大学予備校まで、およそ「大学」と名のつくものすべてが全国的な規模で狂ってしまったのだ。
 彼らは極端に戦闘的、好戦的になり、各地で互いに戦争を始めたのである。さながら戦国時代の武将たちのように、各大学は群雄割拠の様相を呈している。彼らは争い続ける。戦いはますます熾烈さを増してくるに違いない。だが、なぜ、彼らは戦うのだ? 何のために? 分からない。ワケが分からない。
 そもそも、ワケが分からないから、狂っているのだ。