月食のため寝ずに深夜徘徊へ繰り出してみたものの、見事な曇天。

結局、月食の「げ」の字も拝めず仕舞いで夜が明けました。

以下、解説GJだったので転載。



テレメトリという言葉をご存知だろうか。
今を遡ること、約半世紀。 1957年 11月 3日
遠隔測定法(テレメトリ)を用いて、一つの命の瞬きが
その日、世界を震撼させた。
それこそは、世界初の宇宙旅行者の誕生であったが
同時に、世界初の宇宙旅行による犠牲者の誕生でもあった。
一般によく知られている「ライカ(Laika)」という名は
「犬(Лайка)」をあらわすロシア語であり、彼女自身を表す言葉ではない。
どうか、心の片隅に覚えておいて欲しい。
体重約五キロ
性別 雌
その、小さな命の名は「クドリャフカ(Kudryavka)」と言う。
世界で最初に地球の衛星周回軌道を一周以上飛行し、
瞬く間に燃え尽きた彼女の命は
今も、我々の社会を支えている。
ソビエト連邦第一設計局(OKB-1)主任設計技師、セルゲイ・コロリョフは
電話でフルシチョフ第一書記に呼び出され、一つの指令を受けた
無理難題に近いその指令は、一つの命へ渡される片道切符となった。
世界初の宇宙旅行を成功させ、同時に
未知数であった無重力が哺乳類に与える影響を
実験して観測することが目的となった。
「名誉ある」ファイナリストに残った犬は三頭
「アルビナ(Альбина)」「クドリャフカ(Кудрявка)」「ムーシュカ(Муха)」であったが
アルビナは、研究所内での人気が高かったことから外された。
R-1ロケットを用いた高高度実験はそれまでに幾度と無く行われ
ロケットの加速度で、犬が死なないことは証明されていた。
最新鋭のR-7は、大陸間弾道弾として開発されたものであったが、
搭載物が核爆弾か、それとも小さな宇宙船であるかは
技術的には、さしたる違いではなかった。
世界、とりわけ西側社会に核の恐怖を植えつけたスプートニク1号は
ソビエト連邦の持つ宇宙技術の先進性を世界に示し、
予想外に大きな国威発揚の手段となった。 このことから
急造であるにもかかわらず、彼女の打ち上げ計画はマスコミを通じて大きく報道された
そう、まさに彼女の打ち上げは
当時敵国を威嚇する目的で予告して行われていた気圏内核実験と
まったく同じ目的だったのである。
打ち上げが近づくと、彼女は念入りにグルーミングされ
外科的に、心電計用の電極を埋め込まれた上
犬用に開発された機密服を着せられ、
座る以外に姿勢を変えられないキャビンに押し込まれた
そして、その狭いキャビンにいれられたままの彼女は
打ち上げ準備が終わるまでの三日間、R-7の直上で待機させられた
今でこそ、R-7の改良系である11A511は世界最高の安全性を誇るロケットであるが
当時のR-7の成功率は50%であった。
5Gの重力をその身に受け、クドリャフカの心拍数は平時の三倍に跳ね上がった
そして、キャビン内の温度は放熱に失敗し、上昇を続け
地球を4周するころには、生命の気配は既に船内になくなっていた。
その様は、テレメトリからバイコヌールでもリアルタイムで確認されていたが
21世紀に至るまで、公表されることは無かった。
彼女の命が数時間、無重力で生存したことは
生体実験としては、大変大きな成果であったし
世界初の宇宙船の欠陥を見事に明らかにしたことで
人類初の宇宙旅行者の栄誉は、三年後のソビエトにもたらされることになるのである。

文責・別解釈のオレンジ

スプートニク2号は1958年4月14日、大気圏に再突入し、消滅。
我々を包む、地球の大気となった。